一
この南九州の熊本市まで、東京から慌ただしく帰省してきた左翼作家鷲尾和吉は、三日も経つともうスッカリ苛々していた――。
朝のうちは、女房が洗濯を終るまで子守しなければならぬので、駄菓子店である生家の軒先の床机を出して、懐中の三番めの女の児をヨイヨイたたきながら、弱い冬の陽だまりでじッとしている習慣だった。
この辺は熊本市も一等端っこの町はずれで、肥汲み馬車と、在から出てくる百姓相手の飲食店、蹄鉄屋、自転車屋、それから製材所などが、マバラにつながっている位で、それから左手の小さく見える南九州特有の軒の浅い藁屋根がおし固まっている農村部落までは、白々とおそろしく退屈な顔をしている県道が横わっているきりであった。勿論県道の西側は田圃と畑ばかりだが、それが大陸的な起伏のにぶい龍田山の麓につづいていて、ひくい冬空の下に空らッ風が出ると、県道筋の白い埃が龍巻のように、くるくると舞いながら遠くへ走ってゆく。馬が隠れ、頬かむりの百姓が見えなくなり、天も地もすべて灰色で、鈍い退屈な荷馬車のゴトゴトゴトゴトという音だけがきこえてきた。
鷲尾は四十歳にまだ間があるという年配にしてはひどく老けてみえた。現在は小説書きという特殊な職業をやっているものの、根が労働者であるせいか頑固な身体つきで、それがひどくシンが疲れているとみえて、顳あたりには白髪がめだっていた。
「昨年は繭値が出たンで、一寸よかったろう」
彼は努めて楽な調子で、背後をふりかえってそんなことを話しかけた。すると店先で団子を焼いている田舎女房風の鷲尾の妹は、憤ったような返辞をするのだった。
「なンのああた、あれ位ァ鼻糞にもなろうかいた」
「そうかな……」
「はァいああた、戦争でも無からにゃ景気ァ出んと――」
ヘエ! と思って鷲尾は妹の方を見たが、彼女は平気な青黒く焼けた顔をうつむけて、さッさと団子をおこしているのだった。
「戦争は、どことやるンだね?」
「……ちゅう話ですたい」
何の遅疑もなく、彼女はこのつぎの部落に「軍馬買入所」が出来たこと等を話す。それは鷲尾が東京で知ってるそれよりも、もっと単純で明瞭にあらわれているのだった。
吝ン坊で、不妊症のこの田舎女房は、青く鳥肌だった顔をしょッちゅう戸外へむけていて、馬を挽っぱった頬被りや、自転車に乗った百姓達を見ると、顔色とまるで反対な声を出して――一寸、烙ってゆきなはりまッせんか――とか、――寒うござりますな、帰りにゃお寄んなはりまッせ――とか叫びかけるのだが、相手は頬被り頭を一寸うごかすきりで、さッさと行きすぎてしまう。――
「吝ン坊の土ン百姓共が、正月餅があるうちァ寄りつきもせん――」
そんなとき彼女の口惜しそうな毒口は、いまに涙でも出るかと思うほどだった。
鷲尾はわざわざ旅費を工面して帰ってこなければよかったと後悔していた。目的の一つというのは、死にめにも逢えなかった母親の一周忌と、残っている老父を妹夫婦に頼むことや、いろいろ貧乏長男としての後始末なぞであったが、どうせ自分の経済的無力さでは円滑にゆく道理もなかったので、矢張り手紙でおしつけておいた方が怜悧だったという気がしていた。
帰ったすぐその晩、父親を真ン中にしてみんなで酒を呑んだときにも、妹はもうそれとなく予防線を張って、事こまかに家計をならべあげた。大工である妹の亭主が手弁当で日給一円、鷲尾の末弟の虎吉が熊本市の郊外電車の少年車掌で日給七拾銭、末の妹と父親の内職が三十銭足らず、それに店の売上げが月々の地代金にやっとだという。
「一家五人がみんなガマ(働く)だしとりますばい、これでああた虎吉が来年は徴兵におっとられたらどぎゃンしまッしゅか」
「成程、成程……」
鷲尾は自分でもワケのわからぬ返辞をしておいた。妹婿は朝くらいうちに出かけてゆくし、末弟は一ヶ月三百二十時間からのひどいダイヤ(乗務時間割)なので、帰省してからまだ一度もゆっくり話す機会さえなかった。
ホンとういえば、鷲尾自身、複雑ないまの自分自身がわからなくなっていた。彼達の所属する作家団体は殆んど………………しまい、一部の仲間作家達は嵐の中をドシドシ身を挺してつきすすんでいる現在、非常に困難な今後を控えて、できるだけ身軽にするために、家の後始末をしたり、父親に因果をふくめたり、可能なら子供の一人二人も預かって貰い、とにかく仲間に隨いてゆかねばならぬと思うのだが、すぐその一方では疲れきった心身と、………………底なしに崩れゆこうとする感情があって――、たとえばこんどの帰郷でも、そんな積極的なプランをもちながら、どうにも跳び越せない大きな溝をかかえたまま、あたふたと逃げ帰ったとも云える気持であった。
落つけ、落つけ――とか、こんなときアセってはならぬぞ――とか、そんな文句を「日記」の至るところに書き散らし、心の底でも必死に叫んでいるのであるが、気がつくといつの間にか身体を固くして、カブさるような冬空の、あらぬところを凝視している自分を発見するという風だった。
「近頃はニュームが安うなってなァ、竹柄杓もとんと駄目じゃ……」
店土間の片隅で内職をしている父親が話しかけた。この土地には多い孟宗竹の根ッこで竹の柄杓とか箸とかを作るのだが、不恰好で重たくてもまだ百姓達の間には売れた。女房に死なれてから、ひどくボケたような父親は、白髪頭に鉢巻を締めて皺で小さくなったような人の好い顔をあげて云うのだった。前歯が殆んどないので「フア、フア」という風にきこえる。「銓」という両方に握りのついた刃物で竹の皮を削りながら、それが固い節にぶっつかるたびに、枯枝のような腕がしばらくトコロテンのようにふるえていた。
「そッでもこないだは、「三井」から註文があってなァ――」
「三井?」
大きなことをいうと思ったが、だんだん訊くと、大牟田にある三井の染料工場から「劇薬」をシャくうのに使うとかで、別誂えの註文だったという。――
「ウンととってやればよかった?」
「そうも不可ンたい、相場があるけンな」
軒の名札に、勲八等鷲尾某と書いてある父親は「日露戦争」の生残りだが、不自由に胡座をかいている左の足は、弾丸の破片でやられた痕が、二本の指を失くして紫色に光っていた。小心で馬鹿正直で、その癖どっか依怙地な貧農気質が、血を享けた鷲尾にはよくわかる。たとえば今朝も鷲尾の女房が気を利かして、初めてみる二人の孫を連れさして、どっかへやったのだが、すぐプリプリ怒って途中から戻ってきた。
「おじいちゃンのバカヤロ……」
ワンワン泣いている上の男の子に訊ねると、途中でおじいちゃンが殴ったんだと云う。
「どうしたンだい、お父つぁン?」
と、鷲尾が訊いても、むっつり怒った父親は、土間の仕事場へきて坐ってしまった。
「大体、東京のガキは生意気じゃ……」
そンな癖、妹と口喧嘩するときは、きまって、俺ァ東京さん行ってしまう――と怒鳴るのだった。妹と父親はよく鷲尾夫婦の前でも喧嘩したが、そンなとき妹もやぶれかぶれの態度で、はァい、どこさんでんゆきなはりまッせ――と云い返すのだった。
「兄さん、あの「益城屋」の坊ッちゃんな、死ンなはりましたばい」
その妹が、何を思い出したかフッとそんなことを云い出した。
「幾田君が、何で?」
「たしか腹膜炎とかてち、それも永ァ間、………にひっかかって、監獄へ入っとなはったもん――」
鷲尾はギックリして妹の顔をみた。こッちに大嵐があったという事は風の便りにきいていたが最近はまるで知らなかった。幾田君は質屋の倅で、このまえ帰郷したときも二三度たずねてきたが、文化サークルのメンバーでおとなしい青年だった。
「世間体が悪かてち、葬式もこッそりでしたばい」
「幾田君だけか、F君は?」
「はァ床屋の息子さんなァ、あの人も一寸引張られなはッたげな」
「それから」
「ようと知らんたい、まだ新聞にも出ンとだけん」
妹は戸外から馬の鼻づらを引寄せた百姓が、店先に入ってくると面倒くさそうに話を打ち切ってしまった。
鷲尾は苛らだった顔色で、懐中の子供を揺すぶり歩きながら、裏口の方をセカセカとのぞいてみる。ひくい灰色の雲の中に太陽がかくれてしまうと、足下の陽だまりはすッかり消えうせて、凍りついた地べたをさむざむと風がふいた。
「おい、まだグズグズしてるかァ」
到々我慢しきれぬように、裏口でまだ洗濯の終らない女房へむかってドナリ出すのだった。