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〔付〕唯物論研究に就て(戸坂潤手記)
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〔付〕唯物論研究に就て(戸坂潤手記)
戸坂潤
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Translation Pagera AI
Original Public Domain
Chapter 4 of 4

三、現状

創立以来三年、その間種々外部的な影響を受け、それが内部的な擾乱を惹起し、研究活動は創立後三ヵ月位を頂点として漸次不振、縮小、整理の一途を辿り、機関誌活動も未踏の境地に足を踏み入れたというだけで、学問研究そのことの困難の他に、社会状勢からの制限を受けて漸く現状を保持しているだけの状態にあることは自ら認めねばならぬところである。しかし外部状勢の如何なる変化にも拘らず、本会が果さんとする目的は創立当時と少しも異なるところがない。即ち科学や哲学が一部の特権階級に属する学者たちの為のみならず、一般大衆にもっと密接な関係を保ち、各自の日常生活に於ける指導原理を確立する上に助言を与え得る為には、各大学の教室を中心として組織された謂わばアカデミックな学会と並行して吾々自由研究家によって組織される総合的な科学の学会が是非とも必要なのである。科学や哲学の健実な発達の為に必要だということは、換言すれば吾々自身の研究を進める上に於て必要だということである。何となれば吾々の唯物論研究は方法的に言っても一つの総合的研究であらねばならぬ。その為には、個人の書斎裡に於ける孤立した研究では決してその目的を達し得ないからである。吾々の研究は団体的方法により、相互の協力によってのみ達成し得られるのである。

本会は一学科、一大学に限られない、一個の民衆的学術団体である。反覆強調したように之は何等政治的色彩・傾向を有たないし、又もってはならない。吾々の研究すべき唯物論中の一つ、例えばマルクス主義は、なる程明かに政治的実践を重んずる。併しだからと云って吾々唯物論研究家が各自の研究を政治的実践に結びつけねばならぬという必然性を一向有たないことは理の当然である。そればかりではなく、実際問題から言っても、吾々の一人一人はそれぞれの家族を擁しているところの一市民であり、この生活条件が吾々の研究の基礎的条件となっている。だから吾々が研究目的を実際に果すためには、言葉の十全な意味に於て市民権を完全に保証されねばならぬ。ここに吾々の研究の「政治的」限界が横たわるのである。かくて吾々の研究には学問研究の一般社会条件が不備なる他に以上の如きに類する政治的な限界が他にまだ多々あるのである。吾々の多くは自由主義的意識の所有者であり、従って一般に研究の自由に就いては断然たる要求を有つものではあるが、併し右に述べた政治的限界に就いては之を承認せざるを得ないものである。要するに吾々は幾多の誤解に曝されつつ、生活を脅かされつつ、而も窮屈、困難、不自由なる唯物論研究の為に一生を捧げる決心を有つものに過ぎないのである。何故にそれほど困難を敢てして尚お唯物論の研究は必要であるか。他でもない。ギリシャの昔から哲学は帰するところ、観念論と唯物論との二派に分れるのであるが、処が今日世間の抱く興味は殆んど尽く観念論の側に傾いていて、唯物論固有の真理は著しく無視・誤解されている。インテリ層に於ける「宗教復興」、より知識水準の低い階層に於ける淫祠邪教の流行等はそのわが国に於ける最近のその実例である。政府当局は又その上に立って一種の思想統制を行おうとさえしているかに窮知せられる。しかし若し人間の有つべき基礎的な世界観が、何等の公正な研究をまたずに無批判に取り入れられ、又更にそれを基礎として強力的に単一化され了るならば、人類の理性と情性とを進歩せしめる動力は事実上全く失われることは火を睹るよりも瞭らかである。吾々はこの二つの思想・世界観の対比に於て初めて双方の思潮の価値を科学的に知り得るものであり、そしてかかる比較研究の立場の正しさは古来の思想史の検討によって確認せられていると信ずる。之が本会の建前なのである。重ね重ね注意すべきは、吾々の仲間の凡てが唯物論者なのではないという事実である。寧ろ可なりの大部分の者は自由なる立場に立つことを建前として、この二つの世界観を対比・比較し、その間の複雑な交互作用に於ける夫々の意義を歴史的に科学的に商量する為に、身を以て、いま世に容れられざる「唯物論の研究」に従っているというのが事実である。そして本会にぞくする少数の唯物論者も亦本会の建前に従って、かかる自由なる立場に向って一致協力の義務を課せられているわけである。本会のこの建前は相当徹底的であって、内部に対しても外部に対してもそれ以外の出来合いの解釈を一歩も許すべきものではないのである。本会に入って本会の財政状態も漸次落ち着いて来、今後の経営状態の見通しもつくようになったので、近く一定の予算を各部に振りあて、活溌な活動に這入ろうとしている。研究活動の参加者も少数ではあるが、みな篤学・熱心の徒であり、漸次充実した研究を進めようとしている。本年はおそらく本会にとって意義ある発展と充実の一年であろうと期待している。

以上昭和十年一月唯物論研究会事務長 戸坂潤東京地方裁判所検事局検事宛

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