Chapter 1 of 5
一
或る山奥の村に、八太郎といふ独者がゐました。呑気な男で、皆のやうに一生懸命に働いてお金をためることなんか、知りもしないし考へもしないで、のらくらとその日その日を送つてゐました。食物がなくなると、日傭稼ぎに出たり、遠い町へ使ひに行つたりして、僅かの賃金を貰つてきて、それで暮してゐました。
その八太郎が、或る日、やはり遠い町へ使に行つた時のことです。用を済してぼんやり帰りかけると町外れの木の下に、白と黒との小さな子犬が二匹、一つ処にかたまつて、くんくん泣いてゐました。雨が少し降りだしてゐまして、その雨の雫が木から落ちかゝる度に、二匹の子犬はさも悲しさうに泣きたてるのです。
八太郎は暫くつゝ立つて、不思議さうに子犬を見てゐました。彼の山奥の村には、まだ犬が一匹もゐませんでしたから、彼にはその子犬が珍らしかつたのです。
すると子犬は、くんくん泣きながら、彼の足元に寄つてきました。
「捨てられたんだな。可哀さうだなあ。……俺が拾つていつてやらう。」
八太郎はさう独語を云つて、二匹の子犬を拾ひ上げて、懐の中に入れてやりました。子犬は温い懐の中で、嬉しがつて鼻を鳴らしました。
「よしよし、俺が育てゝやる。」
八太郎は雨の降る中を、傘もさゝずに、二匹の子犬を懐の中に抱いて、山奥の村へ帰つて行きました。