Chapter 1 of 7

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金の目銀の目

豊島与志雄

まっ白いネコ

九州の北海岸の、ある淋しい村に、古い小さな神社がありました。その神社のそばのあばら屋に、おじいさんとおばあさんとが住んでいました。おじいさんは、神社の神主で、ふだんは、近くの人達のためにお祈りをしてやったり、子供達にお習字のけいこをしてやったりしていました。えらい学者だとの噂でした。

この老人夫婦といっしょに、十二―三歳の男の子がいました。老人達の孫にあたる子供で、早くからふた親に死なれ、ほかに身寄りもないので、ひきとられて育てられてるのでした。上野太郎という名前で、頭が大きく、生まれつき大変りこうで、その上、おじいさんからいろんなことを教わって、深い、広い知恵を持っていました。

おじいさんとおばあさんと孫と三人は、貧乏ではありましたが、楽しく、暮らしておりました。

ところが、冬の寒い日、おばあさんは病気になって、亡くなりました。

悲しみのうちに、お弔いもすみました。

それから毎日、五十日のあいだ、太郎は、おばあさんの墓におまいりしました。雨が降っても雪が降っても、欠かしませんでした。

五十日目の日は、珍しい大雪でした。二、三日前から降り続いていたのが、夜になって急にひどくなり、朝起きてみると、野も山も見渡す限り、一面にまっ白でした。

「あの通りの大雪だから今日は止めたらどうだい」と、おじいさんは言いました。

「いいえ、今日でお終いだから、行ってきます。だいじょうぶです」と、太郎は答えました。

足には、ももひきの上に、きゃはんをつけ、たびを何枚もかさね、ぞうりをはき、手に毛糸の手袋をはめ、大きな頭には、おじいさんの大きな大黒帽をかぶり、そして古いマントにくるまって、まるで人形のようにまんまるくなって、太郎は出かけました。

雪はもう降り止んで、うすく日の光が差していました。どちらを見ても、どこを見ても、まばゆいほど、まっ白に光ってる世界です。誰も通る人もなく、犬の姿も見えず、小鳥の声も聞こえず、ただまっ白で、静かです。太郎は飛ぶようにすすんでいきました。

街道からそれて、せまい坂道をしばらくのぼり、向こうの小高い丘の上、そこにおばあさんの墓がありました。

太郎は墓の前の雪を払いのけ、青柴の枝を折ってきて供え、そして祈りました。

「おばあさん、もう五十日たちました。安らかに眠ってください。おばあさんがいなくて、ぼくはさびしいけれど……けれど……しっかり生きていきましょう」

何度もおじぎして、そして帰りかけました。

手足が冷たくかじかんで、身体がこわばってくるようでした。でも、元気を出して、息をふうふうはきながら、雪を蹴散らして歩きました。

墓地を出て、丘を下りかけ、大きな杉の木が一本立ってる曲り角まで来ましたときに、ばったり前に倒れました。

太郎は自分でもびっくりして、頭をあげて見まわしました。そして、膝がしらで起き上がろうとすると……なおびっくりしたことには、杉の木の根元に、吹き寄せられて積もってる雪が、ひとかたまり、むくむくと動き出しました。おや……と思って、よく見ると、そのまん中に、金色と銀色との二つの玉が、ぴかりと光っています。……それが、猫でした。

太郎は夢中に立ち上って、猫を抱きとりました。――一本の混じり毛もない、全身まっ白な小さな猫で、片方の目が金色で、片方の目が銀色で、長い尻尾の毛がふさふさとして、白狐のようです。

猫は太郎の胸にしがみついて、ニャーオ……と鳴きました。

「おう、よしよし……寒いの……」

太郎は猫をマントの中に入れてやり、上からしっかり抱きかかえて、うれしくてしようがありませんでした。もう寒さも疲れも感じませんでした。一散に家へ飛んでいきました。

「おじいさんおじいさん……猫がいたよ……あの大きな杉の木のところに……とてもきれいな猫ですよ」

おじいさんは、こたつから出てきました。

「ほう、なるほど、これは珍しい、きれいな猫だ」

太郎はマントも大黒帽も手袋もたびも、そこに放りだして、上がってきました。

「おじいさんの髭より、もっとまっ白でしょう 雪より白かったんだもの……」

おじいさんの胸までたれてる白髭より猫の尻尾の長い毛の方が、いっそう白くて光ってきれいでした。

「でも……どこの猫でしょう。うちにおいといて、いいかしら」

「そうさねえ、あんなところに、この雪の中にいたとすれば……ああこれは……おばあさんが、おまえに下すったのかもしれない」

「そうだ、きっとそうですよ」

猫は少しも恐がりませんでした。御飯を食べると、こたつの上へ座わりこんでお化粧をしています。名前がわからないので、白いから、かりにチロとよびますと、ニャーオ……と鳴いて、返事をします。

太郎は、チロを自分のそばから放しませんでした。夜もいっしょに寝てやりました。チロは、おとなしく太郎の腕を枕にして眠りました。

夜中に、太郎は心配になって目をさまし、猫をなでてやりますと、猫もうっとり目を開き、その金の目と銀の目が、大きな星のように光りました。……その猫が、だんだん大きくなり、空いっぱいに大きくなり、長い尻尾が白雲のようにたなびき、二つの目が、金と銀の、まん丸なお月さまとなって、輝やきだします……。

太郎がびっくりして夢からさめると、白い小さな猫は、太郎の腕を枕にして、すやすや眠ってるのでした。

珍しい大雪がとけると、暖い天気が続いて、にわかに春めいてきました。木の芽が出かかり、草の葉が萌えだし、海は平に凪いでいます。

太郎はチロをつれだして、野原や海岸で遊びました。通りがかりの人達は、まっ白な美しいチロを、立ち止まって眺めました。

りんごやなしを籠にかついでる人が、通りかかりました。

「まあ、きれいな猫ですね。どんなものを食べてるんですか」

「なんでも食べるよ」

と、太郎は答えました。

「りんごでもなしでも、食べるよ」

「では、これも、食べさしてください」

そしてりんごとなしを、いくつも太郎にくれました。

みかんをかついでる人が、通りかかりました。

「まあ、きれいな猫ですね。どんなものを食べてるんですか」

「なんでも食べるよ」と、太郎は答えました。

「みかんでも、食べるよ」

するとその人は、みかんをいくつも置いて行きました。

大根や芋や人参をかついでる人が、通りかかりました。

「まあ、きれいな猫ですね。どんなものを食べてるんですか」

「何でも食べるよ」と、太郎は答えました。

「大根でも芋でも人参でも、食べるよ」

するとその人は、大根と芋と人参を、たくさん置いて行きました。

海で地引網をやりますと、いろんな魚がたくさん、ぴちぴち跳ねながら、引き上げられました。

「まてまて……」

と、漁師のひとりが言いました。

「太郎さんの白猫に、御馳走してやろう」

そして大きな鯛や平目を、持って来てくれました。

魚や果物や、野菜が、たくさんたまりますので、太郎もおじいさんも困りました。しまいには、それを近所の貧乏な人達に分けてやりました。

けれどもまた、その美しい白猫を、うらやみねたむ者もありました。

太郎がチロといっしょに野原で遊んでいると、そっと、大きな犬をつれてきて、けしかけておどかす子供がありました。チロはびっくりして、太郎の肩に飛び乗って、せなをまるくして怒っています。太郎はそのチロを胸に抱いて、相手をにらみつけてやりました。

「きみんとこのチロ、弱虫だね」

「何言ってるんだい。りこうだから、やたらに喧嘩しないんだ」

と、太郎は言い返してやりました。

「いざとなったら負けやしないよ。どんな高い木にだって登れるんだ」

「だけど、この犬みたいに水泳ぎはできないだろう」

「できるとも。水も泳げるし、地にももぐれるし、空も飛べるし、何でもできるよ」

言ってしまってから、太郎は、とんだことを言ったと、後悔しました。が、もう取り返しがつきませんでした。相手の子供は突っ込んできました。

「うそばかり言ってらあ。それじゃ、泳がしてごらん。海を泳がしてごらん」

太郎はしばらく考えてから、答えました。

「泳がしてもいいが、濡れて風邪でもひくといけないから……そうだ、水にはいっても、毛のぬれないような薬を、持っておいでよ、そしたら、すぐに泳がしてみせましょう」

相手の子供は困った顔をしました。そして、言いました。

「そんなら、地にもぐらしてごらん」

「いいとも。だけど、地面の中じゃあ、道に迷うといけないから……そうだ、地の中に、いっぱいローソクをつけてくれよ」

相手の子供は困った顔をしました。そして言いました。

「そんなら、空を飛ばしてごらん」

「いいとも。だけど、鳥じゃないから、やたらに飛ぶわけにはいかんよ。ここまでってはっきり、空中に印をつけてくれよ。すぐに飛ばしてみせよう」

相手の子供は困って、黙りこんでしまいました。

「ほんとに、チロはなんでもできるんだよ」と、太郎は言いました。

「だけど、めったにしないだけなんだ」

そして、かれはチロを抱いて、帰って行きました。

そういうことがあってから、太郎はなんだか心配になってきました。おじいさんは笑いました。

「心配することはないよ。猫というものは、なかなかえらいやつで、犬なんかに負けはしない」

それでも太郎は、安心しませんでした。家にいるときでも、始終、眠ってまで、チロのことを気にしました。いっしょに外に出かけるときには、そのそばを離れませんでした。チロは駆けまわって、草の中に隠れたり、木に登ったり、石ころにじゃれたりしました。そのあとを追っかけて、太郎も駆けだし、息を切らしました。そして、チロ……チロ……と呼ぶと、チロはすぐに駆けてきて、彼の胸に飛びつきました。

神社の前の米俵

ある日、太郎とチロは遊びつかれて、海岸の草原の上に寝ころんで、うっとりしていました。日の光がやわらかくさして、海がさーっ、さーっと、優しい音をたてていました。

白い波が巻きかえしてる砂浜が、ずーっと続いてる、その向こうの、松林から、何か黒いものが二つ、ぽつりと出てきました。それが、だんだん、非常な早さで、こちらへやって来ます。

それを、太郎はぼんやりながめていました。二つの黒いものは、しだいに大きくなって、海岸の草原をつたって、なおやって来ました……。二頭の馬でした。馬に乗った人達でした。太郎は、夢を見てるような気持ちがしました。もう近くへ来ました。二頭とも立派な、栗毛の馬で、先のには、女が乗り、後のには男が乗っていました。ふたりとも、黒っぽい洋服を着、長い靴をはき、細い鞭を持っていました。鞭や手綱には、何かきらきら光るものがついていました。

馬は足をゆるめて、たったったっ……と、ゆっくり、太郎のそばを通りかかりました。すると、先の女は、そんなところに太郎が寝そべってるのに、初めて気がついて、びっくりしたようすで、ぴたりと馬を止どめました。そして、じろじろ見ていましたが、ふいに、馬から飛び下りて、太郎のそばにやって来ました。

「まあ……」

チロの方を、じっとのぞき込みました。

「まあ、かわいい猫……」

女は後を向いて、何か合図をしました。男も馬から下りて来ました。

太郎はそれまで、ぼんやりそのふたりをながめていました。これまで見たこともないような、立派な馬、よその人らしい男と女、その美しいみなり、ことに、洋服を着てる女……。そのふたりが今、じっとチロのほうをのぞきこみましたので、太郎はびっくりして、そこに座ってチロを抱きかかえました。

「ほんとにかわいいこと。まっ白で、そして、金目銀目で……」

太郎は、なおしっかり、チロを抱きしめました。ふたりの男と女は、何かささやきあって、そして太郎とチロとを見くらべました。しばらくそのままで、誰も黙っていました。馬はのんきに草を食べています……。

やがて、見知らぬ女は、なおのぞきこんできました。

「それ、あなたの猫ですか」

太郎は黙ってうなずきました。

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