一 公園の占師
南洋のある半島の港です。太陽がてりつけて、暑い、けれどさはやかです。木がこんもりとしげり、椰子や棕櫚が、からかさのやうに葉をひろげて、いろんな花がさきほこつてゐます。
その港町の、公園の木かげに、みごとな白い髯をはやしたお爺さんが、ぢめんに毛布をひろげて、占の店をだしてゐます。まはりには、おほぜいの人があつまつてゐます。
このお爺さん、占といふのはつけたりで、じつは面白いことをしてみせるのです。十日に一度くらゐでてくるのですが、町の人たちはよく知つてゐて、薬屋の爺さんとか、白髯の爺さんとかいつてゐます。薬屋がしやうばいで白髯があだ名です。
「さあ/\、そんなによつてきちやいかん。」とお爺さんは人々にいひます。「これからいよ/\見とほしの術……うまくあたつたら、いくらでもよいから金をおいていくんだ。あたらなかつたら金はいらん。……おうこれ/\、シロちやんクロちやん、お前たちはひつこんでゐるんだ。」
シロちやんにクロちやん、それは猫のことです。まつ白な猫とまつ黒な猫で、いつもお爺さんがつれてゐるのです。これがあやしいのですが、たかが猫のこと、見物人たちは気がつきません。
そこでいよ/\見とほしの術……。お爺さんは、木の箱をとりだして、それを毛布の上にふせます。
「さあ/\、この箱の下に、なんでもよいからかくしなさい。わしが外から見とほして百ぱつ百ちゆう、ぴたりといひあてゝみせる。世にもふしぎな見とほしの術……。さあ/\誰かやつたやつた。」
お爺さんは、くるりとうしろをむいて、そのうへ両手で目をふさぎます。
一人の子供がでてきて、箱の下に物をかくします。見てるのは、見物人たちと、シロとクロの二ひきの猫だけです。
「もうよろしいか。」と爺さんはたづねます。
「よろしいよ。」と子供が答へます。
お爺さんはむきなほつて、じつと箱を見つめます。そしてちらと、シロとクロの顔を見ます。シロとクロもお爺さんの顔をちらと見ます。お爺さんはまた箱を見つめます。
「ははあ、つまらないものをかくしたな。石ころが二つ。どうだ。」
子供は頭をかいて、箱をとります。石ころが二つならんでゐます。
見物人たちは、笑つたり、よろこんだり、ふしぎがつたりします。
そんなことをなんどもやります。紳士がでてきて、時計をかくします。女がでてきて、ハンケチをかくします。学生がでてきて、ペンをかくします。それをお爺さんはみないひあてます。まつたく箱を見とほすのでせうか。一つとしてはづれつこありません。
見物人たちはかつさいします。お金をぱら/\なげます。
「もうよろしい。そんなにたくさんなげなくてもよろしい。」
お爺さんは、お金をひろひあつめます。
「こんどはおれがやつてみるよ。」
さういつて、一人の男がでてきました。みなりはりつぱですが、目のぎよろりとした。肩はゞのひろい、ひとくせありさうな男です。見なれない男です。
お爺さんがむかうをむくと、男は箱をふせました。
お爺さんはむきなほつて、箱をみつめ、シロとクロの顔をちらと見、また箱をみつめ、そしてちよつと考へました。
「ははあ、ごまかさうとしたね。なんにもない。箱の下には、なんにもかくしてない。」
「ほんとにないかね。」
「ないといつたらない。」
男は両手を箱にかけて、ぱつととりのけました。すると、そこには、ダイヤの指輪がきら/\光つてゐます。
「はゝゝゝ。」と男は笑ひました。「みごとはづれたな。」
見物人たちはあつけにとられました。そんなことははじめてなんです。お爺さんは首をかしげてゐます。
「よろしい、も一度やつてみよう。」
おなじことをくりかへしました。お爺さんはいひました。
「なるほど、こんどはなにかかくしたな。紙のやうなもので……紙幣だ。」
「紙幣……どうかな。」
男はつぶやきながら、箱に両手をかけ、はじめはそつと、そしてぱつと、箱をとりのけました。そこには、マッチが一つころがつてゐます……。
「はゝゝゝ、なか/\あたるよ、はゝゝゝ。」
男はあざけり笑ひました。お爺さんは考へこみました。それからふきげんさうに立ちあがりました。
「今日は頭のてうしがいけない。まあ、しくじつたとしておかう。しくじつたから、もうこれでおしまひだ。」
そして毛布をまき、シロとクロをだいて、かへつていきました。
見物人たちは、ふしぎさうにさゝやきあひました。
白髯の爺さんは、薬屋の店にかへつてきました。そしてシロとクロをあひてに……話をした……といふとをかしいでせうか。
じつをいふと、このまつ白い猫とまつ黒い猫、シロとクロは、ひとり者のお爺さんが子供のやうにかはいがつてるものです。猫の方でも、お爺さんを親のやうにおもつてゐます。そしてたがひにしたしみあつてるうちに、猫はだん/″\お爺さんの言葉がわかるやうになり、なほ人間の言葉がわかるやうになりました。そしてお爺さんの方では、猫の目色や顔色がわかるやうになり、猫の言葉がわかるやうになりました。ほんたうに親しみあふと、人間と動物とでも、たがひに話が通じるものらしいのです。このお爺さんとシロとクロの間が、ちやうどさうなんです。見とほしの術で、お爺さんがなんでもいひあてるのは、シロとクロがついてるからです。見物人が箱の下に物をかくすところを、シロとクロはちやんと見てゐて、何をかくしたかお爺さんに知らせます。だからどんな物でもあたります。
ところが、あの男の時だけは、あたりませんでした。
「たしかに見てゐたかね。」とお爺さんはシロとクロにたづねました。
シロとクロは、たしかに見てゐたのです。あの男は、はじめの時はなんにもかくしませんでした。ところが、ダイヤの指輪がでてきました。二度めの時は紙幣をかくしました。ところが、マッチがでてきました。ふしぎです。
「きつと、ごまかしたんですよ。」とシロもクロもいひました。
「なるほど、それにちがひない。」とお爺さんはいひました。「箱をとりのける時にごまかしたんだ。手つきにあやしいところがあつた。あれは、どうも、悪い奴らしい……。」
そして、お爺さんとシロとクロが考へこんでるところへ、ポン公が、いきをきらしてかけつけてきました。
ポン公といふのは、町の広場で、夕刊新聞の立売をして、どうにか暮しながら、ひとりで勉強してるかんしんな少年です。白髯のお爺さんの友だちで、またシロとクロの友だちです。いつもやつてきては、お爺さんからいろんなこと教はつたり、シロとクロとあそんだりするのです。
「お爺さん、今日の見とほしの術の……あの男、へんな奴ですよ。」とポン公はいひました。
「あゝ、うまくやられたよ。」とお爺さんはにが笑ひをしました。
「僕ね、すこしあとをつけてみたんです。ところが、自動車にのつていつてしまつたから、だめでした。だが、あの男を僕は知つてるんです。今日はあのとほり、りつぱななりをして、ダイヤの指輪なんかもつてましたが、ふだんは、きたないなりをして、漁師みたいなふうをして、海岸でつりをしてるんです。そんな時、いつも、沖にはれいのあやしい船がついてるんです。きつと、あのあやしい船の仲間ですよ。」
「あやしい船の……うーむ、さうかなあ。」
「ひとつさぐつてみませう。」
「さうだな。それはけしからん奴だ。」
あやしい船……どこからかやつてきて、またすつとでてゆく船です。軍艦のやうな、また商船のやうな、わけのわからない船です。
その船が沖についてる時に、あの男が海岸でつりをしてる……。なにかあひづをしてるのかも知れません。
「僕がいくと、用心するかも知れないから、シロとクロをやつてみませう。」
てはずがとゝのひました。
「しつかりやれよ。」とポン公はシロとクロにいひました。
さて、シロとクロだけで、うまくいくでせうか。でも、シロもクロも喜びいさんでゐます。見とほしの術のかたきうちをするつもりなのでせう。