Chapter 5 of 9
三日
食慾が進んだせいもあり、ほかに所在がないのであれやこれやとちがった種類の果汁を考えては注文を出す。果物はお見舞いにもらうから人を煩わして買わずとも大抵家で間に合う。だからこそ気楽に註文が出せる。病床日誌によればきょうの食事は
朝 おまじり一〇〇 桃果汁八〇
九時半 ネーブル果汁六〇
十一時五十分 馬鈴薯うらごし小量 トマト汁七〇
二時半 林檎果汁一〇〇
五時 おまじり一椀 大根おろし少々 梨果汁八〇
七時四十分 葡萄果汁五〇 番茶二〇。
摘要の欄に 食慾増進あそばす。今朝はじめておまじりをめしあがってたいへんおいしそうでした とある。おまじりはほんとうにうまかった。否、うまいなぞという生やさしい言葉でいえるものではない。それは舌の感ずるただの味ではなく、その味をとおして命とつながっている。命そのものとさえいえるくらい深刻無味のうまみだ。平生から私はめったにまずさを感じたことがない。米のうまみもよく知ってるつもりだった。ところが半世紀以上も味いつづけたその米の味がこれほど貴いものだとは今はじめて知った。とろとろのおまじりのぬるみ、舌にすべるぬめっこさ、甘み、こく。一匙一匙が不老長生の霊薬の思いである。トマトの汁はさっぱりしてるけれど鋭さがあって果汁のような懐しみがない。ネーブルは食べにくいことを除けば好きな果物のひとつだが果汁には色にも味にも妙にどぎついところがあり、どこか銀座娘を聯想させる。葡萄もはじめての見参だ。琅の雫かともみえる青葡萄の汁。