Chapter 1 of 2
一
その日はカラリと晴れた、やはらかい日射しの、秋の一日だつた。私は暫く麦のよく稔つた田園を歩いた後、フト玉を突いてみたい欲望を抱いた。別にしたいこととてもないその午後に、一つの欲望が湧いたといふことはひどく私を有頂にした。
やがて最初に目に入つた玉屋に這入ると、部屋は明るくガランとしてゐて、温室のやうだつた、客の腰掛場になつてゐる、畳二枚を縦に並べた場所の、その中程に置かれた火鉢には其処の主人が如何にも睡げによつかゝつてをり、お主婦さんも割烹着を着たまゝ火鉢で手をぬくめてゐた。割烹着の胃に当る辺りが濡れてゐるところを見ると、今の今まで茶碗でも洗つてゐたという風だ。たつた一人の客が、部屋の真ン中にたつた一台の玉台の一方に立留つたきりで、練習突きをしてゐる。
私が這入つて行くなり、「さあお相手しませう」とその男は云つた。私は一揖して、直ちにキューを取つた。ところが相手は七十だし私は十五、その十五も危ッかしい十五なのだ。二分も経つか経たぬに勝負は私の負けとなつて、忽ち立て続けの負け十回目が終つてしまつた。相手は次第に気の毒さうにしはじめ、そのうち少し私を「脳不足」だといふ意味の目配せを主人やお主婦さんと交すやうになつた。主人やお主婦さんの方でも「御尤も」といふ顔をしてゐた。私としてはまだも少し突きたい欲望が残つてゐたわけなので、猶も勝負を続けたが彼等の勝手決めな観念がみす/\自分に向つて放たれ、そして私以外の三人の間では立派に通用しつゝあるのをみると、イヤな気がして来たので、恰度十三回目が終ると、其処を出てしまつた。
彼等には、私がともあれ興味を以ては突いてゐたのが見えないのだ。