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ディズニーの人と作品
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ディズニーの人と作品
中谷宇吉郎
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Translation Pagera AI
Original Public Domain
Chapter 2 of 4

二 芸術の企業化

『白雪姫』や『ピーター・パン』などの長編漫画は、いずれも一時間から一時間半の上映時間になっている。普通の漫画映画は、原画の数を減らすために、一秒間に十二くらいにしてあるが、それではどうしても、絵がちらちらする、ディズニーは、速い動きには、普通映画どおりに二十四、遅いものでも十六ぐらいにしているので、平均二十になる。すなわち平均して、一秒間に二十枚の少しずつ違った絵を見せるわけである。

それで上演時間一時間の長編では、七万二千枚の原画が要ることになる。一時間を越える大作になると、ざっと十万枚の絵を描かなければならない。これはたいへんな数で、二百人の絵描きが、手分けをして描いても、一人五百枚描くことになる。アメリカでは、普通一年に約二百日働くので、毎日二枚ずつ描いても、一年半かかる勘定になる。

ところで厄介なことには、この十万枚の絵は、色も形も、或る一人の画工が、まったく同じ調子で描いたようなものでなければならない。一カットの中ではもちろんのことであるが、次の場面になると、ピーターパンの顔つきが少し違ったのでは、問題にならない。

それでディズニーのところでは、絵描きは画家であってはだめなので、ぜんぜん同じ絵の描ける画工である必要がある。数百人の画工は、ぜんぶ精密工業で作られた一定の歯車のように、誰をどこへはめ込んでも、ぴったりとはまるように、仕立てあげなければならない。事実、ディズニー・プロにいる数百人の画工は、全部ディズニーと全然同じ署名ができるそうである。アメリカの金融界で通用しない小切手は、ディズニーのものだけである、ということになると、話は面白いが、これは私のつけた尾鰭である。

精密機械の歯車のような画工を、数百人も養成し、その数をいつまでも保っていくにはちゃんと組織が出来ている。シカゴに住んでいる私の友人の子供が、絵が好きで、ディズニー・プロの画工を志望した。初めにちょっとした試験があって、すぐ採用になるのであるが、これは「見習工」としてである。

詳しいことは忘れたが、なんでも、見習工時代は、自分の家にいて、先方から送ってくる絵の写しを作るのだそうである。それを送り返してやると、次の絵がくる。簡単なものからだんだん複雑な絵になって、これは見込みがあるということになると、初めて本式の画工として採用され、出勤をすることになる。見習工のうちは、少しばかりの手当は出るらしいが、もちろん大した額ではない。通信教育と、徒弟制度とを、巧く近代の経済機構に取りいれた形であって、企業上の一つの発見といっていいであろう。

フォードは、人間を機械の一部として使うという着想をたてて、現代の大量生産工業を樹立した。ディズニーの長編漫画は、芸術の世界にまで、この着想を拡げたものと、見れなくもない。もっとも、従来にも、これと似たようなものがあり、たとえば管絃楽の指揮者などは、類似の性質のものとみてよいであろう。しかし全く同じ絵の描ける画工を、数百人も養成することは、それらとは量的に著しい差がある。量の差も、ある程度以上大きくなると、それは質の差である。

Chapter 2 of 4
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