Chapter 1 of 4

一 ソクラテスに依りて懐疑を解く

私は十五、六歳の学生時代から、世の中のことに就て思い悩んでいた。たとえば、自分では正しいと思ってすることも、相手の気に障って、予想外の怒りや恨みを受けることもあるために、これからは、一体如何なる心掛けで人生を送ったら好いものかということに考え及ぶと、疑惑が百出して、何時も何時もその解決に苦んだ。然るに、その後、ふとソクラテスの伝記を読むに至って、私の満腔の崇拝心と愛好心は悉くこの偉人の上に濺がれるようになり、同時に、永年の懐疑も、頓に氷解するを得たのである。

即ち友人間の交際にしても、あるいは一歩進んで、人生に処する上にも、手を下し、口を開く前には、一、二歩退いて、我儘の利己のためではないか、という事を慎重に反省してみる。しかして、いささかでもそういう気味を帯びておるとすれば、断然これを中止するのであるが、一旦、自分が是なり善なりと信ずるに於ては、それを実行するに寸刻の猶予もしない――こういうことを思って、頓てはこれを主義ともするようになった。

私が理想的実行家としてリンコーンを愛好すると同じ程度に於て、ここに理想的思想家の真意義をソクラテスの人格に見出して、すべての他の偉人にも増して、これが尊崇の念を禁じ得ないのである。

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