五
私たちがアクロポリスを瞥見した時は、まだエジプトの夢のさめないうちだった。だからパルテノンを見ても、エレクテイオンを見ても、プロピュライアを見ても、ルクソルの殿堂・カルナクの殿堂・プレの殿堂・エドフの殿堂などを思い出して、それ等と比較することなしには考えられなかった。
比較の結果については他日機会を得て詳細に論じて見たいと思っているから、此処にはこれだけのことを付記して置くと、ニルの沿岸からアクロポリスに行った時の印象は、私たちが奈良から京都付近へ行った時の印象によく似ていた。宇治の鳳凰堂の華麗はまことに均斉を得た典雅その物ともいうべきではあるが、法隆寺・薬師寺・唐招提寺に見るような強さの中に発見される美しさに於いて物足りない感じを免かれない。パルテノンとエジプトの殿堂の対照は必ずしもそれにぴったり当て嵌まるというわけには行かないが、何より大きさに於いて、また単純さに於いて、及び力強い逞ましさに於いて、美の最高の表現を完成している点にかけては、エジプトの作品を見た後でのギリシアの作品は、何となく物足りなさを覚えて、その美しさは決して繊細ではないけれども、それに近い印象を否むことができなかった。
そのことを、ローマでも、ロンドンでも、パリでも、ベルリンでも、そういった問題に関心を持つ人に逢った時、話したけれども、誰も私たちの意見に全幅の同感を表明する人はなかった。思うに、ヨーロッパ人は皆ギリシア系統の文化の中で生活しているので、その問題を公平に批判し得ないのであろう。一つはまたエジプトの遺物の実物を見てない者が多いから価値判断ができないのであろう。その点アメリカの学者には私たちに同感する者を見出した。それだけアメリカ人は文化的伝統が薄いから自由に意見を作り得るのではないかと思った。
(昭和十三年)
●図書カード