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大江戸黄金狂
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大江戸黄金狂
野村胡堂
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Translation Pagera AI
Original Public Domain
Chapter 8 of 15

蔭から糸を引く者

やや暫く経つと、同じ清水の傍に、山浦丈太郎が差かかりました。

山路は馴れた強健な足取りですが、秋の陽に照り付けられて、さすがに喉が渇いたものか、水の音を聞くと、吸い寄せられたように、岩清水の下に腰をおろしたのです。

山馴れのした丈太郎は、直ぐ側にある蕗の葉を一枚取って、裏表を透して汚れのないのを確かめると、器用に曲げて、盃を作りました。樋の下へそれを差出して、チョロチョロと溜る水を享楽する風情でしたが、一杯になると頤の方を持って行って、ガブリと一口、

「――――」

首を曲げて、プーッと吐き出しました。

「あいや、御武家」

後ろから声を掛けられると、

「拙者か」

ギョッとし乍ら、悪びれた色もなく振り返ります。

「その水を呑んではなりません」

六十近い雲水の僧、何時の間にやら飛付いて山浦丈太郎の腕を止めて居るのです。

「御僧、なぜお止めなさる」

「その清水には、毒が投じてござるぞ」

「えッ」

「現にツイ今しがた、その水を呑んで毒に中てられ、重態に陥った旅人がござる。幸い愚僧が通り合せ、木蔭に抱き入れて介抱いたしたが、まだ正気が付かぬところへ、又もや人の気配、驚いて飛んで参ると、御貴殿がその水を呑もうとして居られる」

「忝けない」

「病人はそこの木蔭に寝かせて置いたが、愚僧一人では何んとしても手が及ばない。貴殿も暫く看護って下さらぬか」

「心得申した」

指さす一と叢の木立の中へ、

「御僧、病人は何処で御座る」

「それ、その木の下」

二人は大きな日影を作る木の下へ入りました。が、差覗くまでもなく、其処には何んにも見えません。

「あッ」

「どうなされた御僧」

「確かに此処に寝かして置いた筈だが、ハテ、不思議」

「どんな方?」

「十七八の、まだ前髪立の若い武家で」

「フーム」

山浦丈太郎は妙に思い当ります。箱根の間道へ、今日に限ってわけ登る十七八の若い武家、それが自分を敵と覗う、万田龍之助でないと誰が保証するでしょう。

丁度その時、其処から少し離れた草叢の中、大きな断崖を一つ隔てたところに、正体も無い万田龍之助を寝かして、頻りに介抱している女がありました。

「お滝さん、ヘッヘッヘッ、うまくやっているぜ」

「あッ――けえ六親分かい、おどかしちゃいけない、そんなところへ、汚ない面なんか出して」

「汚い面は御挨拶だね」

「こんなところへおびき出して、この若いのを締めたのはお前さんだろう」

白糸のお滝は、美しい顔を挙げて、押っ冠せるように極めつけました。

「冗談だろう、その武家をおびき出したのは俺だが、締めたのは俺じゃねえ」

「はてね」

「雌の方を知ってるかい、お滝さん」

「知らないよ」

「はてね」

厄介の貝六も仔細らしく雁首を曲げました。

「こいつは油断が出来ないよ。手柄争いは私と親分達ばかりじゃない。蔭にもっと凄いのが居て、恐ろしい事を企らんで居るに違いない」

「――――」

「私も、赤崎さんも、お前さんも、その糸で操られて、銘々一番賢い積りで見得を切って居るのさ」

「誰だい、その糸を引いてる野郎は」

「判らない、少しも判らないから口惜しいじゃないか」

お滝はそう言って二子山のあたりを仰ぎました。もう傾きかけた陽、約束の八月十五日の日没へ一刻半ともありません。

Chapter 8 of 15
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