五
「恐れ乍ら、殿――」
「なんだ、承知をする気か」
「殿には、曲亭滝沢馬琴の八犬伝を御愛読のようで」
六郷左京は妙なことを言い出しました。
「ウム、それがどうした」
馬琴の八犬伝はその頃天下の人気を湧き立たせていたことはいう迄もありません。
「あの末段に、里美侯の八人の姫君を、八人の犬士にめ合せるところが御座います」
「ウーム」
「その手段として、簾を距てて縁結びをし、配合せは月下氷人に任せるという条りが御座いますが」
「いかにも、実際はあり相もない話だが、狂言続語としては面白いな」
「それを学んで、縁結びで御決めになっては如何で御座いましょう。なお御屋敷名物の三人腰元を、私共三人の家臣に賜わるのは、此の上もない有難いことでは御座いますが、その取り合せに、依怙があってはなりません。これは矢張り運を天に任せ、縁結びで配偶をきめるのが、一番公平かと存じますが」
「成程それは面白いな」
浮世絵の殿様石川日向守は、此奇抜な縁結びに、とうとう乗り出してしまったのです。
政略や野心や、家柄のためにさえ――いや、殆んど家柄や利害や、政略のためにだけ婚姻が行われた時代のことです。三人腰元と三人の寵臣の縁結び、この不道徳な遊戯さえも、道徳的に正当化されたところでなんの不思議もありません。
三人の美しい腰元の存在に、安からぬ心を抱いていた御内室は、第一番にこの縁結びに賛成しました。
大体の段取りは八犬伝に書かれた縁結びの通り、簾を距てて投げた三本の赤い紐を、六郷左京、名川采女、伊東甚三郎の三人が、引きさえすればそれで良かったのです。
この行事は、五月十五日の晩と定りました。すべての手配は奥女中の取締りをしている、老女砧が承わり、縁結びに続く酒宴、それから三人のお長屋に三組の男女を送り込む段取まで、万に一つの手落のないように運びました。
こうなると、運勢は三つに一つです。六郷左京にしてみれば、美しい泥人形の多与里を押付けられるよりは、まだしも三つに一つのプロバビリティの方が気が楽ですが、それでも、自分の狙っている小浪を手に入れる為には、なんとか一と工夫めぐらさなければなりません。
六郷左京はまず、老女砧に渡りをつけました。これは容易ならぬ手剛い相手ですが、運の好いことに、砧の弟某は左京の組下で、いろいろのことで恩を着せております。
早速大童の猛運動が開始されました。八百屋お七の彫像で、殿から頂いた褒美三百両の大金を投出した上、老女砧の首根っこを掴むようにして、縁結びの当日、簾の外に投出した赤い紐三本のうち、小浪の名札を結んだのへ、白い糸で小さい目印を付けることを承知させてしまったのです。
こう運んでしまえば、あとはもう天下泰平でした。いよいよ五月十五日の日も暮れて、上屋敷大広間の、かけ連ねた銀燭の中に、三人の美女、多与里、小浪、梅野は、それにめ合せる筈の三人の寵臣、六郷左京、名川采女、伊東甚三郎と相対しました。
一方は裃に威儀を正し、一方は振袖に綿帽子を被せました。顔は見えませんが、その中でも上座に坐ったのは、多分多与里でしょう、時の経つにつれて押え難い興奮のために、その肩のあたりがワナワナと顫えております。
やがて、三人の花嫁が次の間に退くと、老女の手で、簾の下から三本の赤い紐が投出されました。
「では、年長の六郷左京から」
上座の日向守の声が掛ると、左京は臆れる色もなく進み出ます。三本の赤い紐のうち、真中の一本が、房に白い糸がチラリと交っているのを見落す筈もありません。
続いて采女、最後に甚三郎、三人それぞれ引いた赤い紐の先には、左京の紐には小浪、采女の紐には梅野、甚三郎の紐には多与里の名札がついているのでした。
どっと歓声が挙りました。
「やんや、やんや」
石川日向守は扇を開いて囃しております。