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九つの鍵
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九つの鍵
野村胡堂
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Translation Pagera AI
Original Public Domain
Chapter 3 of 10

巨億の富

狩屋三郎はしぶしぶながら、波野姉弟の小屋に案内されました。五六枚の板と筵と、そして焼けトタンで囲った、見るかげもない小屋ですが、中には古いながら畳も敷いてあり、電灯も一つ引いて、何んとなく小ぎれいに暮しているのは、幸子の人柄も偲ばれて床しいことでした。

水道はさいわいビルの外側に取りつけた、雑用のものをそのまま使い、怪しいながらストーヴまで備えて、この寒空にもどうにか凌げるようになっており、ビルの壁にはミレーの版画と油絵の道具が一式かけてあるのが、この貧しげな焼けトタンの小屋を、ひどく明るく、そして文化的なものにしております。

夜はもう十二時を過ぎたでしょう。馬吉少年を走らせて、ここにくることを自宅へ知らせた狩屋三郎は、幸子にすすめられるまま、しばらくここで見張って、長い夜を明かそうと決心したのでした。

不安と焦燥のうちにも、三人の話は次第にほぐれて行きます。それは若さと純情さのおかげでしょうが、一つは波野幸子のうちとけた親切と、その見なりにも生活にも似ぬ、理解や品のよさや、行きとどいた注意などが、すっかり三郎を安心させたのです。

「どうして、悪者がお妹さんをさらったんでしょう、何んか、心当りはありません?」

幸子は熱い茶を一杯すすめながら、屈託しきった狩屋三郎をうながします。何んか話でもしていたら、少しは心もちもまぎれるだろうと思ったようです。

「心当りはあるんですよ、――悪者共は、大変なものを狙っているんです」

「大変なもの――?」

幸子は膝をすすめました。十七ぐらいでしょうか、こう灯に近く、話などをしているところを見ると、かわいらしさ以上に、この少女の聡明さに引きつけられます。

「これは有名な話なんです、――多勢の人の知っていることですから、今さら隠す必要もありません、実はぼく、三十年前に九州で炭鉱王と言われた、狩屋三右衛門の孫なんです」

「まア」

幸子も驚きの眼を見張りました。狩屋三右衛門という大炭鉱家のあったことは、三井三菱を知らない者がないと同様に、老いも若きも、日本中で知らないものはありません。

「私の両親は早く亡くなって、祖父の三右衛門だけ、戦争の終った年まで七十才を越して生きておりました。炭鉱は十五六年も前、父が亡くなった時人に譲って、祖父は全財産を宝石と純金に換え、それを東京のさるところに隠しておいたのです」

「――――」

「祖父は軍閥政治の先きを見通して、このようすでは日本が一度ひどい破局に落込むに相違ない、その時はこの宝石と純金を持ち出して、日本を救うように、その手段はあくまで平和的でなければならない。救われる人たちは、老人と不具者と病人を優先的に扱い、まず大きい養老院と慈善病院を建てるのだ、それ以外の目的のためには、一銭も費ってはならぬ――と、厳重に遺言をしたのです」

狩屋三郎の話は奇怪でしたが、そんな噂は波野幸子も小耳に挟まないではありません。その隠された財宝のために、老狩屋三右衛門は牢獄につながれたり、或る種の暴漢に襲われたり、ずいぶん散々の目に逢った話まで伝わっていたのです。

「もっとも、祖父も頑固一徹にしていたわけではなく、純金の大部分は、時の政府に寄付しましたが、何分の巨額で、まだその三分の一ぐらいと、おびただしい宝石の全部が、手つかずに、秘密の倉庫の中に眠っているはずです」

「――――」

「思い出しても恐ろしい事ですが、戦争の末期――ちょうど今から四年前に、祖父は私の妹をつれて、九州の阿蘇の麓に疎開して、静かに戦火を避けておりました。その家は土地の豪家を借りて、非常に広かったので、戦争のために家を失って困っている人のうち、紹介や縁故のある、信用のできる人たちを九人までも集めて、一年余りもそこで共同生活をしていたのです」

「――――」

「不自由なうちにも、それはまことに楽しい生活だったそうです。ぼくはまだ学校があったので、東京の家に残って、学校へ通っておりましたが――」

「――――」

幸子と馬吉は吸い入るように聴いております。これはまことに驚くべき話です。

「ところが、その祖父の隠した巨億の宝に目をつけたのが、人もあろうに、私には大叔父に当る、祖父の義弟の鬼頭九八郎という人間でした。それほどの宝を地中に埋めておくのももったいないが、それで養老院や慈善病院を建てるというのは、宝をドブに投り込むようなものだ、おれに運用を任せてくれれば、国家のため、人類のため、眼のさめるような大きな仕事をして見せる――というのです。山師、千三ツ屋などという人たちは、みんなこんな大ボラを吹いて、人の金を引き出そうとすることを、百も千も承知の祖父は、そんな甘い話に乗るはずもありません」

「――――」

「祖父はその宝をさる秘密の場所に隠し、そこに行くまでの道に九つの錠をおろして、九つの鍵を作らせました。第一号の鍵では、さる大銀行の保管箱を開けて、そこにはいっている、秘密の金庫の所在地を知り、第二の鍵で、その金庫に行く道の入口の扉を開け、第三の鍵で、その金庫室を開き――というぐあいに」

「――――」

三郎の話はまさに佳境です。波野幸子と馬吉は息をつくのも忘れたように、一生懸命に聴き入りました。

「だが、鬼頭九八郎は悪者の仲間をかり集めて、一つの大きいギャング団を作り、戦争中の混乱を利用して、阿蘇山麓の祖父の隠れ家を襲って九つの鍵を奪い取ろうとしました。――祖父三右衛門は、七十を越しておりましたが、なかなか元気で達者でした。妹の愛子に助けられて、真夜中の阿蘇山に逃げ登り、裏山を越して、何んとかして東京へ引揚げようとしたのですが、その時もう悪者の手が廻って、祖父と妹は、阿蘇山の噴火口の前で、数十人の悪者の包囲に陥ってしまいました」

「チェッ、ひどい事をするじゃないか」

馬吉少年はたまりかねて、吐き出すように口を容れます。

「それは忘れもしない、今から四年前、八月十五日の暁方でした。悪者の包囲に陥った祖父は、生命か、九つの鍵か、と言われた時、――喜んでおれは生命を投げ出そう、七十才を越した老いぼれの年は少しも惜しくはないが、孫娘の愛子はまだ十四だ、これをむざむざと死なせてはならぬ――が、九つの鍵はお前たちに渡されない、宝はいつの日か、たれかに取り出されて、おれの志を継いでくれるだろう、――見るがいい、九つの鍵は、謹んで阿蘇の神霊に献ずるぞ、それッ――祖父の手が空に挙がると、九つの鍵を連ねた銀の輪が、暁の最初の光を浴びて、キラキラと光りながら、阿蘇の噴火口の赤錆色をした熱鉄の中へ、落ち込んでしまったのだそうです」

狩屋三郎の話は終りました。

Chapter 3 of 10
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