Chapter 1 of 9

「平次、折入つての頼みだ。引受けてくれるか」

「へエ――」

錢形の平次は、相手の眞意を測り兼ねて、そつと顏を上げました。二十四、五の苦み走つた好い男、藍微塵の狹い袷が膝小僧を押し隱して、彌造に馴れた手をソツと前に揃へます。

「一つ間違へば、御奉行朝倉石見守樣は申すに及ばず、御老中方に取つても腹切り道具だ。押付けがましいが平次、命を投げ出すつもりでやつて見てはくれまいか」

と言ふのは、南町奉行與力の筆頭笹野新三郎、奉行朝倉石見守の智惠嚢と言はれた程の人物ですが、不思議に高貴な人品骨柄です。

「頼むも頼まないも御座いません。先代から御恩になつた旦那樣の大事とあれば、平次の命なんざ物の數でも御座いません。どうぞ御遠慮なく仰しやつて下さいまし」

敷居の中へゐざり入る平次、それをさし招くやうに座布團を滑り落ちた新三郎は、

「上樣には、又雜司ヶ谷の御鷹狩を仰せ出された」

「エツ」

「先頃、雜司ヶ谷御鷹狩の節の騷ぎは、お前も聞いたであらう」

「薄々は存じて居ります」

それは平次も聽き知つて居りました。三代將軍家光公が、雜司ヶ谷鬼子母神のあたりで御鷹を放たれた時、何處からともなく飛んで來た一本の征矢が、危ふく家光公の肩先をかすめ、三つ葉葵の定紋を打つた陣笠の裏金に滑つて、眼前三歩のところに落ちたといふ話。

それツ――と立ちどころに手配しましたが、曲者の行方は更にわかりません。

後で調べて見ると、鷹の羽を矧いだ箆深の眞矢で、白磨き二寸あまりの矢尻には、松前のアイヌが使ふと言ふ『トリカブト』の毒が塗つてあつたと言ふことです。

「その曲者も召捕らぬうちに、上樣には再度雜司ヶ谷の御鷹野を仰せ出された。御老中は申すに及ばず、お側の衆からもいろ/\諫言を申上げたが、上樣日頃の御氣性で、一旦仰せ出された上は金輪際變替は遊ばされぬ。そこで御老中方から、朝倉石見守樣へ直々のお頼みで、是が非でも御鷹野の當日までに、上樣を遠矢にかけた曲者を探し出せとのお言葉だ。何んとか良い工夫はあるまいか」

一代の才子笹野新三郎も、思案に餘つて岡つ引風情の平次に縋り付いたのです。

「よく仰しやつて下さいました。御用聞冥利、この平次が手一杯にお引受け申しませう。就ては旦那、私が聞き度いと思ふことを、皆んな隱さずに仰しやつて頂けませうか」

「それは言ふ迄もない事だ。何んなりと腑に落ちない事があつたら訊くが宜い」

「ではお尋ねしますが、上樣を雜司ヶ谷のお鷹野に引付けるのは、何にか深い仔細が御座いませう。小鳥の居るのは雜司ヶ谷ばかりぢや御座いません。目黒にも桐ヶ谷にも千住にも、この秋はことの外獲物が多いといふ評判で御座います。それが何うしたわけで――」

「これ/\、段々聲が高くなるではないか」

「へエ――、でもこれが判らなかつた日には手の付けやうが御座いません」

「話すよ――、薄々世間でも知つて居ることだ――、雜司ヶ谷の鷹野の歸り、上樣には決つて、大塚御藥園へ御立寄りになる。あの中に新築した高田御殿で、一と椀の御藥湯を召上がるのが、きつとお樂しみだ」

「と申すと」

「世上の噂でも聞いたであらう。御藥園預りの本草家、峠宗壽軒の娘お小夜は、府内にも並ぶ者なしといふ美人だ」

「さうで御座いますつてね、上樣もまつたくお安くねえ」

「コレコレ、何を申す」

「へエ――、だが、有難う御座いました。それだけ伺へば大方筋はわかります。仔細あつて私もお小夜の顏ぐらゐは存じて居りますが、あの女は何うして/\一筋繩でいける雌ぢや御座いません――、宜しう御座います。乘るか反るか、平次の出世試し、命にかけてもやつて見ませう」

平次の若々しい顏には感興にも似たものがサツと匂つて、身分柄の隔りも忘れたやうに、胸をトンと叩いて見せました。

「お鷹狩の日取りは明後日だ。ぬかりはあるまいが、そのつもりで――。拙者には拙者の工夫がある。油斷をすると、手柄比べにならうも知れぬぞ」

「へエ――」

二人は顏を見合せて、會心の微笑を交しました。與力と岡つ引では、身分は霄壤の違ひですが、何にかしら此二人には一脈相通ずる名人魂があつたのです。

Chapter 1 of 9