一
「やい、八」
「何です、親分」
「ちょいと顔を貸しな」
「へ、へ、へッ、こんな面でもよかったら、存分に使って下せえ」
「気取るなよ、どうせ身代りの贋首ってえ面じゃねえ、顔と言ったのは言葉の綾だ。本当のところは、手前の足が借りてえ」
捕物の名人と謳われるくせに、滅多に人を縛ったことのない御用聞の銭形の平次は、日向でとぐろを巻いている子分のガラッ八にこんな調子で話しかけました。
松は過ぎましたが、妙に生暖かいせいか、まだ江戸の街にも屠蘇の酔いが残っているような昼下がり、中年者の客を送り出すと、平次はすぐ縁側へ廻って、ガラッ八を居睡りから呼び起したのです。
「へエ――、どこへ飛んで行きゃアいいんで――」
「今の話を聞いたろう、あの客が長々と話し込んだ――」
「いいえ」
「聞かねえ?」
「人の話なんか聞きゃしませんよ、そんなさもしい八さんじゃねえ」
「いい心掛けだ、――と言いてえが、実は居睡りをしていたんだろう」
「まアそんなところで、――何しろ日向は暖けえし、懐は涼しいし、凝としていりゃ、睡くなるばかりで――」
「呆れたものだ。まアいいやな、俺が詳しく復習ってやろう」
「お手数でもそう願いましょうか」
「黙って聞けよ」
「へエ――」
平次の態度には例に似気なく真剣なところがあるので、無駄の多いガラッ八も、さすがに口を緘んで、親分の顔を見上げました。
「今ここへ見えたのは、十軒店の八百徳の主人だ。一人娘のお仙を、同じ商売仲間の末広町の八百峰の跡取り息子に嫁にやるについて、俺の力が借りたいと言うのだよ」
「悪い虫でも付いているんでしょう、どうせ当節の娘だ」
「そんな話じゃねえ。聞けば近頃、神田から日本橋へかけて、花嫁がチョイチョイ消えてなくなるそうだな」
「それなら聞きましたよ。祝言の晩に行方知れずになった花嫁は、暮からこっち、二人ぐらいあるでしょう。どうせ言い交した男でもあって、いよいよという晩に花嫁姿で道行を極めたんじゃありませんか。土壇場に据えると女の子は思いのほか強くなりますからね」
「ところが、八百徳の主人の話では、消えた花嫁が三人もあるんだそうだよ」
「妙に気が揃ったものですねえ」
「そんな暢気な事を言っちゃいられない、一と月や半月のうちに、花嫁が三人も行方知れずになるというのは、少し可怪しくはないかな、八」
「そう言えばそうかも知れませんね」
「どこの家でも、娘に男があって逃げたと思い込んでいるから、世間体を憚って表沙汰にはしないそうだが、八百徳の主人は、どうも自分の娘も消えてなくなりそうで心配でたまらないと言うんだよ」
「なるほどね」
「そこで手前へ頼みというのは――」
「そのお仙とかいう娘に、虫が付いてるかどうか嗅ぎ出して来いというんでしょう」
「そんな気障な用事じゃない。娘の身持は八百徳の主人が引受けるって言うから、差し当りそれを信用するとして、手前はソッと嫁入りの行列に蹤いて行って、一と晩見張っていさえすりゃいいんだ」
「なるほど、こいつは、嫌な役目だ」
「何だと、八」
「智恵も銭も要らねえ代り大した辛抱役だ。花嫁に蹤いて行って、三三九度から、床盃まで見せられた日にゃ、全く楽じゃないぜ」
「贅沢を言うな」
「これでも独り者ですぜ、親分」
「独り者だから、そんな場所によく眼が届くんだ、役不足なんか言っちゃならねえ」
「へッ、助からねえな」
ガラッ八は文句を言いながらも、頭の中では、その晩の冒険に対する、いろいろの計画をめぐらしておりました。