Chapter 1 of 8

石原の利助が大怪我をしたという噂を聞いた銭形の平次、何を差措いても、その日のうちに見舞に行きました。

同じ十手捕縄を預かる仲間、昔は手柄を張合った気まずい仲でしたが、利助も取る年でいくらか気が挫けた上、平次の潔白な侠気が、何より先に、娘のお品を動かして、今では身内のように付き合っている二人だったのです。

「兄哥、災難だったそうだね。一体、どうしたことなんだ」

案内されて、中へ通った平次、お品の勧める座蒲団を押やって、利助の枕元に膝行り寄りました。

「平次兄哥か、わざわざ有難う。なアに、何でもありゃアしない、言わば、俺が間抜けなんだよ――」

妙に苦い口調で、利助は半面晒布で包んだ顔をねじ向けました。

「眼をどうかしたっていうじゃないか」

「それがこうなんだ、――昨夜、もう蚊もいないし、涼しくて良い心持だから、縁側へ籠枕を出して、無精なようだが、ついウトウトとやると、いきなりハッと眼へ来たものがある」

「ヘエ」

「眼を開いていりゃア、間違いもなく眇目にされたが、幸いつぶっていたから、眉から瞼へかけて恐ろしい傷だ。球も少しはやられたかも知れないが、白眼だから、傷になっても、見えなくなるような事はあるまいと外科は言うよ」

利助はそれでも、床の上へ起き直って、まだ腹立たしさが納まらぬといった調子に、拳固で自分の膝を叩いております。

「そいつは災難だったね、何が一体飛込んで来たんだ」

「銭だよ」

「えッ」

「ちょっと見は、棒で突いたようだが、後で見ると、縁の下に、肉の厚い永楽銭が一枚落ちていたんだ。こいつでやられたことは間違いのねえところだ」

「ヘエ――」

「余程腕の利く奴が、植込みの中から、銭を投りゃアがったんだよ」

「…………」

「どんな怨みがあるか知らないが、太い野郎じゃないか。捕まえたら、眼球でもくり抜いてやろうと思っている」

たった一つの眼を光らせて、一徹な歯を喰いしばる利助の気持を、平次はもとより察し兼ねたわけではありません。

植込みの外というと、三間近い距離から、縁側に転た寝している利助の眼を狙って、これだけ効果的に銭を叩き付けられるのは江戸広しといえども、投げ銭の手練で有名な、銭形の平次の外にあるはずはありません。

商売敵の平次が、何か含むところがあって、利助の眼を潰そうとした――と聞いたら、江戸中の岡っ引は何と言うでしょう。弁解して信ずる人は信ずるでしょうが、当の利助さえ十二分の疑念を持っているくらいですから、まず百人の九十九人までは、平次に不利益な疑いを抱くことは判り切っております。

「つまらない目に逢ったね、でも球に障りがなくて何よりだ。せっかく大事にしねえ」

平次はそう言うより外にありませんでした。お座なりと解り切っていても、これ以上に物を言うことが、かえって利助の疑いを濃くするだけだということが、商売柄、あまりにもよく解っているのです。

「ところで、銭形の」

「何だい、兄哥」

「少し頼みたいことがあるんだが、聞いてくれるだろうか」

利助は枕に頭を落して、妙に改まったことを言い出します。

「それはもう、兄哥の言うことだもの、俺で出来ることなら何でもするよ」

「そいつは有難い。出来ない先からお礼を言っておくよ――なアに大したことじゃないんだ。近頃知合から頼まれて、身柄を引受けた、徳三郎という若い者があるんだ、――おいお品、銭形のに引合せるから、徳の野郎がその辺にいるなら呼んでくれ」

Chapter 1 of 8