Chapter 1 of 8

「親分、お願ひがあるんですが――」

お品は斯う切り出します。石原の利助の一人娘、二十四五の年増盛りを、『娘御用聞』と言はれるのはわけのあることでせう。

「お品さんが私に頼み――へエ――それは珍らしいネ、腕づくや金づくぢや話に乘れないが、膝小僧の代りにはなるだらう。一體どんな事が持上がつたんだ」

錢形平次は氣輕にこんな事を言ひました。お品の話を、出來るだけ滑らかに手繰り出さうといふのでせう。何時でも、さう言つた心構へを忘れない平次だつたのです。

「お聽きでせう? 藏前の札差に強盜の入つた話を――」

「聽いたよ。たつた一人だが、疾風のやうな野郎で、泉屋の一家ばかり選つて荒して歩くといふ話だらう」

二た月ほど前から虱潰しに泉屋一家を荒して歩く曲者、――どんなに要心を重ねても、風の如く潜り込んで、かなり纒つた金をさらつた上、障る者があると、恐ろしい早業で、大根か人參のやうに斬つて逃出す強盜のことは、平次もよく承知して居ります。

「お父つさんはあの通りのきかん氣で、身體が言ふことをきかないくせに、八丁堀の旦那方に小言を言はれると、ツイ請合つて歸つたのだ相です。――泉屋一家で、荒し殘されたのは、あとたつた二軒、それがやられる迄には、きつと縛つてお目にかけますつて――」

「――」

「今度逃がせば、十手捕繩を返上しなければなりません、どうしませう親分」

「成程、それは心配だらう。どんな手口だか私も知らないが容易の捕物ぢやあるまい」

「よく霽れた月の無い晩に限つて押込みます、今晩あたりも又何か始まるでせう。お父つさんは一人で威張つて居ますが、子分と言つても役に立つのは二三人――まさか私が出かけるわけにも行かず、素人衆は幾人手傳つて下すつても、本當に氣が廻らないから、何時でも網の目を脱けるやうに逃げられてしまひます。――親分に來て頂くと申分がありませんが、それでは又父さんが氣を惡くするかも知れず」

お品は淋しさうでした。平次とすつかり融和して居るやうでも、利助にはまだ年配の誇りと、妙に頑固な意地があつたのです。

「氣のきかない話だが、俺も心配をしながら遠慮して居たのさ。――それぢや斯うしようぢやないか。あの通り欠伸ばかりして居るから、早速八の野郎を差向けて見よう。大した役には立つまいが、それでも素人よりは増しだらう。八五郎でうまく行かなかつたら、その時は俺が出て見るとしたらどんなものだらう、石原の兄哥へは、お品さんから――手不足で困るから、案山子の代りに八五郎を頼んで來たと言へば濟む――」

平次はさう言ひ乍ら、ガラツ八の方を振り返りました。案山子と言はれたのが不足らしく、そつぽを向いて頤を撫でて居ります。

「さうして下されば、どんなに助かるかわかりません」

お品はホツとした樣子で白い顏を擧げました。聰明さにも美しさにも、何んの不足もないお品を見ると、平次は、つく/″\斯う言つた心持になるのでした。

「お品さんが男だつたら、大した御用聞になるだらう――惜しいことだね」

「あれ、親分、さうでなくてさへ、――娘御用聞とか何とか言はれる毎に、私は身體が縮むほど極りの惡い思ひをします。せめてお父つさんが確りして居るか、子分に任せられるのがあれば、私はお針でもして引込んで居たいと思ひます」

「いや、飛んだ事を言つて濟まなかつた。――お品さんが良い聟でも取つて、御用を勤めるやうになつたら、石原の兄哥も、さぞ安心するだらうと思つたのさ」

平次は照れ隱しにそんな事を言はなければなりませんでした。

「そんな氣になれないんで、お父つさんに苦勞をさせます。今更十手捕繩を返上して、番太の株を買ふわけにも行かず、七八人の子分の暮しの事も考へると、何うして私は女なんかに生れて來たのかと、――親分」

お品は涙ぐんで居ります。氣に染まぬ聟を取るのがイヤさに、親父の後見をして、御用聞の眞似事をして居る自分が、つく/″\淺ましかつたのでせう。

「鳥越の笹屋宗太郎が、今でもお品さんを附け廻して居るといふ話だが――、あの男なら、利助兄哥を安心させるだらうと思ふが――」

「親分」

お品は怨めしさうでした。武家上がりのくせに、因業で通つた宗太郎、町人をいぢめて、充分金は出來たといふ話ですが、跛足で變屈者で、一二年越し口説き廻され乍ら、お品はどうも受け容れる氣になれない相手だつたのです。

Chapter 1 of 8