一
「親分、こいつは驚くぜ、――これで驚かなかった日にゃ、親分とは言わせねえ」
息せき切って駆けつけたガラッ八の八五郎、上がり框に両手を突いて、「物申し上ぐる型」に長い顔を振り仰ぐのでした。お行儀がよくなったせいではなく、息が切れて、しばらくは後が続かなかったせいでしょう。どもりが疳癪を起したように、一生懸命閾を引っ叩いております。
「何を騒ぐんだ、八」
銭形平次は秋の朝の光を浴びて、せっせと植木の世話をしていたのです。
「あわてちゃいけませんよ、親分」
「あわてているのはお前じゃないか、何をそんなに面喰らっているんだい」
平次は落着きはらって如露を沓脱の上へ置きました。
平明な朝の光の中に、平次の顔の穏やかさ、夜店物のケチな盆栽ばかり集めて、その規矩準縄にはまらぬ、勝手な発育を楽しむ平次の心境には、岡っ引らしさなどは微塵もありません。
「両国橋から首を吊ってブラ下がった奴があるんだ」
「なるほど、そいつは変っているな、――どうせ死ぬのに、場所の選り好みなどは贅沢のようだが、不思議に肥桶の中へ首を突っ込んで死ぬ奴はないものだな」
「親分、落着いていちゃいけませんよ」
「あわてていかず、落着いていかず、一体どんな取り留めのない顔をしていりゃ、お前の気に入るんだ」
平次と八五郎は、いつでも、こんな調子で重大事件を片付けて行くのでした。
新しい表現に従えば、二人のユーモアの裡に、本当の理解があり、程のよいテンポがあったのです。
「それが女だったら、一体どんな事になるでしょう、親分」
「女が両国橋からブラ下がったのかい」
「こいつは親分だって驚くでしょう、それもザラの雌じゃねえ――若くて綺麗で、身扮がよくて、小股が切れ上がって――」
「待ちなよ、八、まるで、手前の惚気筋の女のようじゃないか」
「冗談でしょう、親分、あんな白粉焼のした、お使い姫のようなんじゃねえ。その上胸へ一丁、ギラギラする剣を突き立てられていると聴いたらどんなもので、親分」
「何だと、その女の首ッ縊りの胸に、刀が突っ立っている、と言うのか」
平次の職業意識は目覚めました。
安盆栽なんか一ぺんに忘れてしまって、ガラッ八が突っ立っている入口へ突き進みます。
「親分の前だが、刀じゃねえ、ツルギだ」
「何?」
「片刃で反っくり返ったのは刀で、両刃で真っ直ぐなのはツルギさ。絵に描いた不動様が持ってなさるじゃありませんか、親分」
ガラッ八の大きな鼻が、天井を仰いだまま、思い切りふくらみます。
「どこでそんな事を聴きやがったんだ」
「種を明かしゃ橋番所の老爺さ。とにかく、こいつは権現様御入府以来ですよ、親分」
「妙なところへ権現様なんか引合いに出すと、旦那方に叱られるぞ」
「両国まで、チョイと一と走りやっておくんなさい、親分」
ガラッ八がこう言うのも理由がありました。
東両国は石原の利助の縄張で、今では廃人同様の利助が、娘のお品に助けられながら、僅かに十手捕縄の威光を墜さずにいるのは、銭形平次の好意で、子分の八五郎を後見に付けておくからでした。
「手前が埒をあけなきゃ、お品さんに済むめえ」
「でも、親分、首っ縊りのブラ下がったのはちょうど橋の真ん中ですぜ。東風が吹けば死骸の裾が武蔵へ入るし、西風が吹けば鬢のほつれ毛が、下総へなびく」
「馬鹿野郎」
「へッへッ、そう来るのを待っていたんで」
ガラッ八が掌の凹みで、おでこを撫で上げるのも尤もでした。
馬鹿野郎をきっかけに、平次は立ち上がって、帯をキュッと締め直したのです。
「ヘエ、――煙草入」
「馬鹿だな」
ガラッ八はもう一つ小気味の良いのを喰らいました。