Chapter 1 of 8

「八、まあそこへ坐れ、今日は真面目な話があるんだ」

「ヘエ――」

八五郎のガラッ八は、銭形平次の前に、神妙らしく膝小僧を揃えました。

「外じゃねえが、――手前もいつまでも独りじゃあるめえ、いい加減にして世帯を持つ気になっちゃどうだ」

平次は二三服立て続けに吸った煙管をポンと投り出して、八五郎の方へ心持ち身体をねじ向けるのでした。

「ヘエ――」

「ヘエ――じゃないよ、相手の選り好みをしているうちに、月代の光沢がよくなってよ、せっかくのいい男が薄汚くなるじゃないか」

「それほどでもねえよ、親分」」

八五郎はそう言いながら、ニヤリニヤリと長い顎を撫でるのです。

「馬鹿野郎、いい男の気でいやがる」

「驚いたね、どうも、叱られているんだか、女房の世話をされているんだか、見当が付かねえ」

「両方だと思え、冗談じゃねえ、手前のお袋はそればかり心配して死んだじゃないか。八の野郎も気はいいが、あの様子じゃ先々が心細い、せめて気立てのいい嫁でも貰ってやって、安心してから死んだ配偶の側へ行きたい――とな、それに手前の叔母さんもそう言っていたよ――」

「親分、貰いますよ、たかが女房でしょう」

「たかが女房――」

「へッ、叔母さんなんかときた日にゃ、猫の子だの嫁だの、生き物を貰うことばかり考えてやがる」

八五郎は少し忌々しく舌鼓などを打ちます。

「死んだ姉の子の手前に、身を堅めさせることばかり考えているんだ、悪く言っちゃ済むめえ」

「だがね、親分、女房を貰うのも悪くねえが、煮豆屋のお勘坊はいけませんよ」

「大層嫌いやがったな、お勘っ子が落胆するぜ」

平次は少しからかい気味です。飛切り真剣な話にも、こんな遊びが入らないと、滑らかな進行をしない二人の間だったのです。

「そんな話なら、あっしは帰りますよ、親分」

「あわてるなよ、八、これから話が本筋に入るんだ、――叔母さんもそう言ったぜ、同じことなら八五郎の気に入ったのがよかろうと、な。よく解った話じゃないか。目を付けた娘がありゃ、今のうちにそう言っておく方がいいぜ、後で実は言い交したのがあるなんざ通用しねえ」

「そんな気障なのがあるものか。親分の前だが、こっちだけで気に入ったのなら、江戸中には五万とあるが――」

「大きく出やがったな、せめて町内だけにしてくれ。江戸中の娘に当っていちゃ、盆前に埒があかねえ」

「町内だって、いい娘が三人や五人はありますよ。もっともあっしなんかに払下げてくれそうなのはたんとはねえが――」

「言ってみな、何事も縁だ」

「縁は異なもの――と来やがる、へッ、へッ、まず黒田五左衛門様の御嬢さん」

ガラッ八は大きな指を無器用らしく折ります。

「馬鹿野郎、相手は八百石取の御旗本の総領娘だ。安岡っ引にくれるかくれないか考えてみろ」

「だから、あっしは嫌だって言ったじゃありませんか、こっちで欲しいのは、なかなか向うで下さらねえ」

「そんなのは下さらなさすぎるよ、もう少し手頃なのを申上げな」

「手頃なのと来たね、有馬屋のお糸などはどんなもんで――」

ガラッ八は少しやに下がります。

「呆れた野郎だ。有馬屋は町人に違えねえが、神田で二三番と言われる万両分限だ。手前なんかに娘をくれるわけはねえ、もう少し手軽なのがあるだろう」

「だんだん糶り下げて、煮豆屋のお勘子なんか嫌ですぜ、親分」

「心配するな、お勘子までにはまだ間がある。――それから誰だ」

平次も少し面白そうです。

それを苦々しく聞いた様子で、

「お前さん、そんな事を――」

女房のお静が口を出します。

「黙っていろ、お前なんかの知ったことじゃねえ」

と平次。

「乾物屋のお柳」

ガラッ八は続けます。

「うむ、これはいい」

「もう一人、棟梁のところのお留坊などはどんなもので――」

ガラッ八は言い切ってしまって、他人事のようにニヤニヤしております。

「町内の三人娘へ、門並眼をつけるのは慾が深すぎるぜ、――三人とも手前が言い交したわけじゃあるめえ」

「言い交しましたよ、親分」

「何だと?」

「独り言でね、へッ、へッ」

「この野郎」

どうも手の付けようがありません。

「だから放っておいて下さい、どうせこちらの思うようにはなりゃしません」

投げたことを言う八五郎の言葉には、何がなし暗い諦めがありました。

「ね、お前さん、八五郎さんの本当に好きなのは、三人のうちでも、乾物屋のお柳さんですよ」

お静は火鉢の鉄瓶にさわるような恰好をして、そっと平次の耳に囁くのでした。

「そうかい、――だが、あの娘には、縫箔屋の丹次が付いているてえじゃないか」

「え、それからもう一人、有馬屋の番頭――菊石の又六が――」

「娘一人に婿三人はうるさいな、こいつはあきらめた方が無事かも知れないぜ、八」

平次も妙に深入りした話を引戻し兼ねて、淡い悔いに似たようなものを感じた様子です。

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