Chapter 1 of 8

「親分、どうなすったんで?」

ガラッ八の八五郎は、いきなり銭形平次の寝ている枕許に膝行り寄りました。

「八か、――風邪を引いたんだよ。寝ているのも馬鹿馬鹿しいが、熱が高くて我慢にも起きちゃいられねえ」

平次は手拭で額を縛って、真っ赤な顔をしてフウフウ言っているのです。

「そいつはいけねえ、悪い風邪が流行るんですってね、気をつけなくちゃいけませんよ」

ガラッ八は世間並の事を言いながら、平次の額へそっと触ってみるのでした。

「寝込むほど患ったのは、六つの時麻疹をやってから、ツイぞ覚えのねえ事さ。鬼のかくらんだよ」

「岡っ引の風邪でしょう」

「ふざけちゃいけねえ、病人をからかったりなんかしやがって」

相当苦しそうな平次は、ツイ八五郎の軽口に応酬して、ポンポン言ってみたりするのです。

「からかっているわけじゃねえが、親分が患った日にゃ、御府内は闇だ」

「お世辞なんか言いやがって、馬鹿野郎ッ」

「へッ、お出でなすったね、その威勢のいい馬鹿野郎が聞きたかったんだ」

ガラッ八は掌で、自分の額を一つポンと叩くのでした。

「呆れた野郎だ、見舞に来たんだか、遊びに来たんだか、わかったものじゃねえ」

「見舞ですよ、正真正銘親分の見舞に違えねえ証拠は、この通り手土産を持って来たじゃありませんか」

「大層な口上だな、――塩煎餅の袋でも持って来たんだろう、どうせ」

平次は病人らしくもない元気で、続けざまに八五郎をからかっております。

「どうせ――は情けねえ、見て下さいよ、梅寿堂の上菓子が一と折、灘の生一本が五升」

「上菓子は解っているが、病気見舞に酒を持って来る奴もねえものだ」

「こいつを卵酒にして飲むと、大概の風邪は一ぺんにケシ飛びますよ。もっとも、親分がイヤなら、あっしが飲みながら、一と晩ぐらいは看病してやってもいい」

「呆れた野郎だ」

平次が精一杯呆れ返って、八五郎の馬鹿馬鹿しさも市が栄えたわけですが、何かしら、平次の見当では、割り切れないものがそこに残っているのです。

「変な顔をするじゃありませんか、親分」

ガラッ八は狭い袷の前を合せて、平次のけげんな視線の前にモジモジしました。

「上菓子一と折に、剣菱が五升――少し奢りが過ぎるようだぜ。八、どこからそんな工面をして来たんだ」

「工面なんかしませんよ」

「手前にしちゃ大した散財じゃないか。岡っ引が金を持っているなんざ、褒めたことじゃねえ、どこからそんな金を持って来たんだよ、八」

正直者の八五郎のために、平次はそんな事まで真剣に心配してやるのでした。

「どこだっていいじゃありませんか」

「よかアないよ、まさか筋の悪い金を身につける八とは思わねえが、あとで困るほどの工面をさしちゃ、菓子も酒も喉を通らねえ、白状してしまいな」

平次の調子がシンミリしてくると、ガラッ八はツイ涙ぐましい心持になるのです。

「そんな金じゃありませんよ、親分、向柳原の叔母が、――天霊様の御本山にお詣りをするついでに、西国を一と廻りして来るから、二度と江戸へ帰るか帰らないか判らない。長年溜めた少しばかりの金は、みんな天霊様に納めるが、これは、たった一人の甥への形見だから、心持よく取ってくれと、器用にくれたのが五両、親分の前だが、五両と纏まった金を持ったのは、生れて始めてで――」

「それは本当か、八」

話半分に聞いて、病人の平次はガバと床の上にハネ起きました。

「あれ、お前さん、そんな事をしちゃ、風邪が悪くなるじゃありませんか」

女房のお静は、お勝手から驚いて飛んで来ると、平次の身体を無理に床の中に押込むのでした。

「本当も嘘もありゃしません。費い残りがまだ四両と少し、こいつで何をしようかと、昨日から考えているところで」

「八、そいつは棄てておけないぜ」

「ヘエ――」

「手前のためにはたった一人の叔母さんだ、間違いがなきゃいいが――」

「ヘエ――」

八五郎の無関心さ。

Chapter 1 of 8