Chapter 1 of 7

「親分、お早う」

ガラッ八の八五郎は、顎をしゃくってニヤリとしました。

「何がお早うだい、先刻上野の午刻(十二時)が鳴ったぜ、冗談じゃない」

銭形の平次は相変らず、狭い庭に降りて、貧弱な植木の世話に没頭しておりました。

「親分の前だが、今日は嬉しくてたまらねえことがあるんだ」

「それで朝寝をしたというのかい、呆れた野郎だ、昨夜どこかで化かされて来やがったろう」

「へッ、そんな気障なんじゃありませんよ、憚りながら、太閤様と同じ人相なんだ、金が溜って運が開けて、縁談は望み放題と来やがる」

八五郎は拳固で鼻を撫であげます。

「大きく出やがったな、八」

「ね、親分、八卦や人相見なんて、本当に当るんでしょうか」

「そりゃ当るとも、八五郎が太閤様に似ているなんざ、凡人の智恵で言い当てられることじゃねえ」

「――ですかね」

「縁談が望み放題なんと来た日にゃ、たまらないね、八」

「なアに、それほどでもねえ」

八五郎はまだ顎を撫でております。

「誰が一体そんな罪なことを言ったんだ」

「両国の玄々斎ですよ」

「何だ、あの山師野郎か」

両国の広小路に、葭簾か何か張って、弟子の一人も使っている人相見、その頃、江戸中の評判男で、一部からは予言者ほど尊敬され、一部からは大山師のように言われていた玄々斎でした。

「山師でも何でも、当りゃいいでしょう、親分」

「そうとも、手前の顔が太閤様そっくりなんてえのは気に入ったよ。太閤様がお猿そっくりの顔をしていたって話は知ってるだろうな」

平次は縁側に腰をおろして煙草にしました。

「猿?」

「猿公だよ、ハッハッ、とんだ洒落っ気のある人相見じゃないか」

「畜生ッ、どうするか見やがれ」

ガラッ八は大きく舌鼓を打ちました。

「怒るなよ、そんな事で腹を立てると、笑い者にされるよ」

「でも、太閤様の口はおまけにしても、金が溜って、運が開けて、嫁は望み放題はいいでしょう。玄々斎の八卦や人相は、怖いほど当るって評判じゃありませんか」

「本当にそんなに当るのかい」

平次は少し酸っぱい顔をしました。

「近頃大変な評判じゃありませんか。運勢、縁談、失せ物なんか、よく当るそうですよ」

「縁談望み放題なんか、当ってもらいたいね、八」

「それほどでもないが――」

「いい加減にしろ、馬鹿馬鹿しい」

二人の話には埒もありません。初夏の陽は縁側から落ちて、どこからともなく苗屋の呼び声が聞えます。

「玄々斎といえば、あんなに玄々斎に夢中になっていた鳴子屋の女主人のお釜が死んだそうですね」

「あんな達者な婆さんがね」

「死んでみたら、あんなに骨を折って溜めた金を、みんな娑婆へ遺して来た事に気が付いたってね」

と八五郎。

「そこへ行くとこちとらは死んだとき未練がなくていい」

「その代り、生きている時は張合がない」

平次と八五郎の話はいつでもこういった調子です。花が散ってからはすっかり御用も暇で、無駄を言い言い、植木の世話でもするより外に所在もない二人だったのです。

「そう言えば、先刻鳴子屋の下男の七平に、親分の家の前で二度逢いましたよ」

八五郎は妙なことを言い出しました。

「変だね、お釜婆さんが死んだのはいつだえ?」

「昨日の朝、死んでいるのを見付けたそうで」

「そいつは何か曰くがありそうだ、気の毒だが、八」

「ヘエ――」

「ちょいと路地の外を見て来てくれ。七平がまだその辺にウロウロしているなら、否応言わせずにつれて来るんだ」

「ヘエ――」

獲物の匂いを嗅いだ猟犬のように、八五郎は外へ飛出しました。こうして瓢箪から駒が出るほどの大きな騒ぎになったのです。

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