Chapter 1 of 5

「親分、ちよいと逢つてお願ひし度いといふ人があるんだが――」

ガラツ八の八五郎は膝つ小僧を揃へて神妙に申上げるのです。

「大層改まりやがつたな。金の工面と情事の橋渡しは御免だが、外のことなら大概のことは引受けるぜ」

平次は安直に居住ひを直しました。粉煙草もお小遣も、お上の御用までが種切れになつて、二三日張合もなく生き伸びてゐる心持の平次だつたのです。

「へツ、へツ、へツ、そんなに氣障なんぢやありません。御用向きのことですよ」

「そんなら何時までも門口に立たせちや惡い。どんな人か知らないが此方へ通すが宜い」

「へエ――」

ガラツ八が心得て路地へ首を出すと、共同井戸のところに待機してゐる、手頃の年増を一人呼んで來ました。

「親分が逢つて下さるとよ。遠慮することはねえ、ズーツと入りな、ズーツと」

ガラツ八は兩手で疊を掃くやうに、件の女を招じ入れました。澁い身扮と愼み深い樣子をして居りますが、拔群のきりやうで前に坐られると、平次ほどの者も何にかしら、ぞつとするものがあります。

年の頃は二十七八、どうかしたらもう少し老けてゐるかも知れません。眉の長い、眼の深い、少し淺黒い素顏も、よく通つた鼻筋もこればかりは紅を含んだやうな赤い唇も、あまり街では見かけたことのない種類の美しさです。

「錢形の親分さん、始めてお目にかゝります。――私はあの、市ヶ谷御納戸町の宗方善五郎樣の厄介になつて居る茂與と申すもので御座います」

少し武家風の匂ふ折目の正しい挨拶を、平次は持て餘し氣味に月代を撫でました。

「で、どんな用事で來なすつた」

煙草盆を引寄せて叺の粉煙草を捻りましたが、火皿に足りさうもないので、苦笑ひに紛らせてポンと煙草入を投ります。

「外でも御座いません。私が厄介になつて居ります、宗方家の主人善五郎樣は、昨夜人手に掛つて相果てました」

「殺されたと言ひなさるのかい」

「ハイ、殺されたとなりますと、何彼と後が面倒なので、御親類方が集まつて、自害の體に拵へ、澤山のお金まで費つて、證人の口を塞ぎました。明日お葬ひを濟ませば、死人に口なし、それつきりになつて了つて、殺した人は蔭で笑つて居ることでございませう」

「お前さんはそれが氣に入らないといふのかえ」

「宗方善五郎樣は五十を越した御浪人ですが、元は立派な御武家で御座います。御武家が死にやうもあらうに首を吊つて死んでは、お腰の物の手前末代までの耻で御座います」

平次は尤らしく手などを拱きました。首を縊るのが譽れである筈はありませんが、それを末代までの耻にする、この人達の氣持にも解らないところがあつたのです。

「自分で首を吊るのが耻は解つてゐるが、人に絞り殺されるのもあまり御武家の譽れではあるまいぜ」

「でも、御主人樣はこの春から輕い中風で、お身體が不自由でした」

「中風で不自由な年寄を絞め殺すやうな惡い野郎もあるのかな」

「あんまりな仕打に、我慢がなり兼ね、何にかの證據にもと、これを持つて參りました」

お茂與といふ美しい年増は、帶の間から紙入を出して、その中から小さく疊んだ半紙を拔き、皺を伸して平次の方へ滑らせたのです。

「何んだ、これは書置きぢやないか」

「ハイ」

一、書置のこと。拙者こと萬一非業に相果候樣のこと有之節は、屹度有峰杉之助を御詮議相成り度く爲後日右書き遺し申候也。

月  日

宗方善五郎判御役人樣 御中

平次は手に取つて眺めて、その打ち顫ふ手跡の間から、不思議な脅迫觀念にをのゝく宗方善五郎の恐怖を覗くやうな氣がして、言ひやうのない不氣味なものを感ずるのでした。

「これは何うしたのだ」

「宗方善五郎樣が、生前そつと書き遺して、私に預けて置いたので御座います」

「何時頃のことだ」

「二た月ばかり前で――」

「こんなものを預かるお前さんは?」

「宗方家遠縁の者で、三年越御厄介になつて居りますが、どんな御縁か御主人樣はことの外信用して下さいました」

お茂與は斯う言つて眉を落すのです。顏がくもると一入美しさが引立つて、不思議な魅力が四方に薫じます。

「八、行つて見ようか」

「有難い」

八五郎はもう掘つ立て尻になつて平次の出動を待つてゐたのです。

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