一
「親分、変なことがあるんだが――」
ガラッ八の八五郎は、大きな鼻の穴をひろげて、日本一のキナ臭い顔を親分の前へ持って来たのでした。
「横町の瞽女が嫁に行く話なら知ってるぜ。相手は知らないが、八五郎でないことは確かだ。今さら文句を言ったって手遅れだよ八。諦めるがいい」
銭形平次は無精髯を抜きながら、ケロリとしてこんなことを言うのです。お盆過ぎのある日、御用がすっかり暇になって、涼みに行くほどのお小遣いもない退屈な昼下がりでした。
「冗談じゃありませんよ。横町の瞽女はああ見えても金持だ。こちとらには鼻も引っかけちゃくれませんよ、へッへッ」
「嫌な笑いようだな。さては一と口申込んで小気味よく弾かれたろう」
「へッ、弾ねたのはこっちで」
「うまく言うぜ」
「ところで親分変な話の続きだが――」
「そうそう変な話を持って来たんだね。瞽女の嫁入りの話でないとすると、叔母さんがお小遣いでもくれたというのか」
「交ぜっ返しちゃいけません。この手紙ですよ、親分」
八五郎は懐中から一通の手紙を出すと、畳の上を滑らせるように、平次の前へ押しやりました。
「何? 手紙」
「達筆で書いてあるから、よくは読めねえが、おおよその見当は、二千両という大金を、この春処刑になった大泥棒の矢の根五郎吉が、このあっしに形見にやるという文句だ。手紙を出した主は五郎吉の弟分で、兄よりも凄いと言われた彦徳の源太――」
「お前へもそんな手紙が行ったのか、八」
銭形平次の声は急に緊張しました。
「すると、親分は?」
「知っているよ。いや、知っているどころの騒ぎじゃない。俺のところへもそれと同じ手紙が来ているんだ」
「ヘエ――」
「その二千両は、お旗本の神津右京様が預かった大公儀の御用金だ。神津右京様は二千五百の大身だが、日頃豊かな方でないから、二千両はおろか差迫っては二百両の工面もむずかしい。御預り御用金を、少しの油断で矢の根五郎吉に盗まれ、腹を切るか、夜逃げをするか、二つに一つという大難場だ。――もっとも、矢の根五郎吉はすぐ捉まった。俺の手柄と言いたいが、それは神津右京様の御総領吉弥様の働きと言ってもいい。――吉弥様は十四という御幼少だが、根が悧発の方で、一と目泥棒を見てよくその癖を覚えていて下すった。右の足が少し短い上、声に癖がある――不思議な錆のあるちょっと響く声だ」
「…………」
「矢の根五郎吉はわけもなく捉まったが、伝馬町の牢同心が腕に縒りをかけて責め抜いても、二千両の隠し場所を白状しない。骨が砕けるまで強情を張り通して、とうとう獄門になったのは二た月前だ。その矢の根五郎吉が命にかけて隠しおおせた二千両の金を、弟分の彦徳の源太が、五郎吉を縛った俺やお前にくれるというのは可怪しいじゃないか」
「そうですかね」
「彦徳の源太の手紙には何とあったんだ」
「――十三日の晩、小日向の竜興寺裏門まで行ってみろ――と書いてあります」
「俺のは十五日だ。――今日は十二日か、お前は明日の晩じゃないか、行ってみる気か」
「どうしたものでしょう、親分」
「俺はツイ今しがたまで、行くつもりはなかった。世の中にはこんな手紙を書いて、岡っ引などをからかいたがる物好きな馬鹿がうんといる。これもその一人だろうと思っていたが、お前にまで呼出しが来るようじゃ油断がならねえ。――俺は行ってみることに決めたよ、八」
「それじゃあっしも行ってみますよ。二千両の目腐れ金は欲しかアねえが、相手の仕掛けが見ておきてえ」
「たいそうな勢いだな」
「なアにそれほどでもありませんがね」
ガラッ八はすっかり面白くなった様子です。