Chapter 1 of 6

「親分、變なことがあるんだが――」

ガラツ八の八五郎は、大きな鼻の穴をひろげて、日本一のキナ臭い顏を親分の前へ持つて來たのでした。

「横町の瞽女が嫁に行く話なら知つてるぜ。相手は知らないが、八五郎でないことは確かだ。今更文句を言つたつて手遲れだよ八。諦めるが宜い」

錢形平次は無精髯を拔き乍ら、ケロリとして斯んなことを言ふのです。お盆過ぎのある日、御用がすつかり暇になつて、凉みに行くほどのお小遣ひもない退屈な晝下がりでした。

「冗談ぢやありませんよ。横町の瞽女はあゝ見えても金持だ。こちとらには鼻も引つかけちやくれませんよ、へツへツ」

「嫌な笑ひやうだな。さては一と口申込んで小氣味よく彈かれたらう」

「へツ、彈ねたのは此方で」

「うまく言ふぜ」

「ところで親分變な話の續きだが――」

「さう/\變な話を持つて來たんだね。瞽女の嫁入りの話でないとすると、叔母さんがお小遣ひでもくれたといふのか」

「交ぜつ返しちやいけません。此の手紙ですよ、親分」

八五郎は懷中から一通の手紙を出すと、疊の上を滑らせるやうに、平次の前へ押しやりました。

「何? 手紙」

「達筆で書いてあるから、よくは讀めねえが、大凡の見當は、二千兩といふ大金を、この春處刑になつた大泥棒の矢の根五郎吉が、このあつしに形見にやるといふ文句だ。手紙を出した主は五郎吉の弟分で、兄よりも凄いと言はれた彦徳の源太――」

「お前へもそんな手紙が行つたのか、八」

錢形平次の聲は急に緊張しました。

「すると、親分は?」

「知つてゐるよ。いや、知つてゐるどころの騷ぎぢやない。俺のところへもそれと同じ手紙が來てゐるんだ」

「へエ――」

「その二千兩は、お旗本の神津右京樣が預つた大公儀の御用金だ。神津右京樣は二千五百の大身だが、日頃豊かな方でないから、二千兩は愚か差迫つては二百兩の工面もむづかしい。御預り御用金を、少しの油斷で矢の根五郎吉に盜まれ、腹を切るか、夜逃げをするか、二つに一つといふ大難場だ。――尤も、矢の根五郎吉は直ぐ捉まつた。俺の手柄と言ひ度いが、それは神津右京樣の御總領吉彌樣の働きと言つても宜い。――吉彌樣は十四といふ御幼少だが、根が悧發の方で、一と目泥棒を見てよくその癖を覺えてゐて下すつた。右の足が少し短かい上、聲に癖がある――不思議な錆のある一寸響く聲だ」

「――」

「矢の根五郎吉はわけもなく捉まつたが、傳馬町の牢同心が腕に撚をかけて責め拔いても、二千兩の隱し場所を白状しない。骨が碎けるまで強情を張り通して、到頭獄門になつたのは二た月前だ。その矢の根五郎吉が命にかけて隱し了せた二千兩の金を、弟分の彦徳の源太が、五郎吉を縛つた俺やお前にくれるといふのは可笑いぢやないか」

「さうですかね」

「彦徳の源太の手紙には何とあつたんだ」

「――十三日の晩、小日向の龍興寺裏門まで行つて見ろ――と書いてあります」

「俺のは十五日だ。――今日は十二日か、お前は明日の晩ぢやないか、行つて見る氣か」

「どうしたものでせう、親分」

「俺はツイ今しがたまで、行くつもりはなかつた。世の中にはこんな手紙を書いて、岡つ引などをからかひたがる物好きな馬鹿がうんと居る。これもその一人だらうと思つてゐたが、お前にまで呼出しが來るやうぢや油斷がならねえ。――俺は行つて見ることに決めたよ、八」

「それぢやあつしも行つて見ますよ。二千兩位の目腐れ金は欲しかアねえが、相手の仕掛けが見て置き度え」

「大層な勢ひだな」

「なアにそれ程でもありませんがね」

ガラツ八はすつかり面白くなつた樣子です。

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