Chapter 1 of 6

「親分、あつしはよく/\運が惡いんだね」

ガラツ八の八五郎は、なんがい顎を撫でながら、つく/″\斯んな事をいふのです。そのくせ下がつた眼尻も、天井を向いた鼻も悉く樂天的で、たいして悲觀した樣子もありません。

「大層腐つてゐるぢやないか。煮賣屋のお勘子が嫁にでも行つたのかえ」

錢形平次はのつけからからかひ面でした。どんなに芝居がゝりの思ひ入れをして見せても、八五郎では一向ちよぼに乘りさうもなかつたのです。

「そんなこつちやありませんよ。近頃大評判の谷中の感應寺の富籤を買つたんですがね」

「誰が?」

「あつしですよ」

「百文二百文の安富籤ぢやねえ、あれや札代が八匁もするといふぢやないか」

「その代り當れば千兩で、――一箱ありや吉原の大門だつて閉められる」

「呆れた野郎だ、それが當りでもしたのか」

「當りませんよ、たつた一字違ひでね。――だからあつしは運が惡いつて言つて居るんで」

「富籤が當るより、罰の當る面だ、お前は」

「斯うなると、罰でも宜いから當つて貰ひたかつたと思ひますよ。あつしの買つた富札の番號は梅の千五百八番でせう。ところが當り札は梅の千五百十八番ぢやありませんか。癪にさはるの何んのつて――」

「つまらねえことが癪にさはつたものだな、まア腹を立てずにその札を温めて置くが宜い。この先また梅の千五百八番が當り籤にならないものでもあるめえ」

「へツ、呆れたもので」

「ところで、千兩の當りは誰が取つたんだ」

「それがわからねえから不思議ぢやありませんか。感應寺で富籤の興行をしたのが先月の晦日で、それから七日經つたが、當り籤を持つた者がまだ名乘つて出ないんださうです。五十兩二十兩の富籤と違つて、千兩は一と身代だ」

「八五郎に言はせると、吉原の大門が締められる」

「罰の當つた野郎があるもんですね」

「千兩の當り札が賣れ殘つたといふこともあるだらう」

「ところが、今度の富籤は江戸中の大人氣で、賣れ殘つた札は一枚もないさうですよ」

「フーム、少し變だな」

平次も首をかしげました。火事で燒いたとか、紛失したとか、その屆け出さへないといふのは、如何にも考へられないことです。

それから三日目、八五郎は相變らずの調子で飛び込んで來ました。

「親分、大變ですよ。下谷廣徳寺前の藤屋に人殺しがあつたんですが、三輪の親分が行つて掻き廻してゐるが、萬七親分ぢや埒があきさうもないから、錢形の親分を呼んで來い――と」

「誰がそんな事を言つた。お前の細工ぢやないか」

「お山同心の大和田金三郎樣ですよ。廣徳寺前は上野のお山とはお掛りが違ふが、藤屋は寛永寺の御出入りで、ことに御扱ひも御丁寧だ。ザラの町人並に罪のないものまで手當り次第縛らせたくないと仰しやるので」

「成程」

「三輪の親分には、そんな斟酌はありやしません。盛りの付いた狂犬見たいなもので、何處へ噛み付くか――」

「餘計なことを言ふな」

平次は八五郎を叱り飛ばしながらも、手早く支度に取りかゝりました。上野山内は治外法權で、そのお山同心は異常な權力を持つてゐたことや、その出入り商人までも、お山の庇護を受けてゐたことは今の人の想像も及ばぬことです。

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