一
「親分、東兩國に大層な小屋が建ちましたね。あツしは人に誘はれて二三度覗きましたが、いや、その綺麗さといふものは」
八五郎は相變らず江戸中のニユースを掻き集めて、親分の錢形平次のところへ持つて來るのでした。
「御殿造りの小屋でも建つたのかえ」
「そんな間拔けなものぢやありませんよ。小屋は昔からチヤチなものですが、中味が大變なんで、たまらねえほど綺麗な娘太夫が二人」
「馬鹿だなア、まだ松も取れないうちから、兩國の見世物小屋へ日參して居るのか」
「日參といふ程ぢやありませんよ、五日の間にたつた三度」
八五郎はでつかい指などを折つて勘定して居るのです。
「呆れた野郎だ。どうせ十手を見せびらかして、唯で入るんだろう」
「飛んでもない、最初は正直に十六文の木戸を拂ひましたよ。それで『一と目千兩』と言はれる、お夢の顏を拜んで、達者なお鈴の藝を見るんだから、九百九十九兩三分三朱くらゐは儲かるやうなもので――」
「お前といふ人間は、よく/\長生きするやうに出來て居るよ」
「二度目にはあつしといふ者が、錢形親分の片腕の八五郎とわかつて――」
「お前は俺の片腕かい、大したことだな。お前が居なきや、俺は手棒になるわけだ」
「まア、さう言ふことにして置いて下さいよ。兎も角二日目から木戸錢を取らないばかりでなく、妙にチヤホヤして、明日からはどうぞ毎日來て下さいと、一目千兩のお夢などは、泣かぬばかりに頼むぢやありませんか」
「嫌なことだな。何んだつて又、そんなに持てたんだ――急に顎なんか撫で廻したつて、その上男つ振りが好くはなるまいな」
「好い男のせゐもありますが、實は近頃チヨイチヨイ無氣味なことがあるんですつて」
「無氣味なこと?」
「取立てて話すほどのことでもないが、ことによつたら私は命を狙はれて居るかも知れない――と一と目千兩のお夢が言ふんですからね」
「何んだえ、その一と目千兩といふのは。眇目が千兩箱の夢でも見たと言ふのか」
「驚いたなア、錢形の親分があれを知らないんですか。近頃江戸中の評判ですが」
「さては、何時の間にやら、俺は江戸つ兒の人別を拔かれたかな」
「大した良い女ですよ。たつた一と目見ても、千兩の値打があるといふんだから驚くでせう」
「その女と半日一緒に居ると、大概の身上は潰れるわけだ」
「身上くらゐは潰し度くなりますよ。瓜實顏で眼が大きくて、鼻筋が通つて、口許が可愛らしくて、そりやもう――」
八五郎は語彙を總仕舞にして、肩を縮めたり、舌を出したりするのです。
「そんな化物は何處に居るんだ」
「小左衞門の小屋ですよ。小左衞門お仲夫婦の曲藝師で外に道化の金太といふ人氣者が居るんですが、去年までは一番の働き手はお鈴といふ娘で、それは唄も歌ひ、踊りも踊り、その上綱渡り足藝が達者で、滅法可愛らしい娘ですが、去年の暮から噺し方の六助の世話で一座に、『一と目千兩』のお夢といふ太夫が入つたんです」
「それがお前を買ひきらうといふのか」
「昔々江戸にあつたとか言ひますね。たつた一目見るのに千兩積ませるといふ三國一の美い女が」
「そんな女に近付きはないよ」
「奧州の馬鹿息子が、お盆の蓮の葉を賣つて儲けた金を千兩出すと、女は障子を開けてチラリと顏を見せたつきり、スーと引つ込んでしまつたので、馬鹿息子は呆氣に取られて、もつとよく見るつもりで又千兩出したら、二度目もチラリと顏を見せただけ」
「――」
「馬鹿息子はすつかり意地になつて、殘りの千兩を投り出すと、女はその情愛にほだされ、今度は酒肴を持つて來てうんと御馳走をした上、二世の契りをしたといふ話――」
「二世の契りは古風で宜いな、――その小屋衞門の小屋の女も、チラリと顏を見せたつきりで、千兩の木戸を取るのか」
「それは物の譬ですよ。一と目見ても千兩の値打のある女を、一日眺めても、十六文で濟むといふから大したものでせう」
「そんな安い話を、俺は生れて初めて聽いたよ。千兩の値打のあるものを十六文で見るんだから、成程八五郎は夢中になるわけだ――その上二度目からは唯と來ちや」
平次は面白さうに笑ふのでした。
「尤もそのお夢といふのは、女が良いだけで、藝はありませんよ。スルスルと舞臺正面の簾が上がると、重ね座布團の上に坐つて、につこりする。拵へは時々變りますが、その綺麗なことと言つたら、餘つ程氣を引締めて居ないと、眼先が霞んでポーツとなりますよ。あれは後光が射すんですね」
「馬鹿だなア」
「小野の小町だつて照手姫だつて、あれほどの美い女ではあるまい――と、これは口上の金太のせりふですがね」
八五郎の説明は存分にトボケて居りますが、斯んなのが東兩國の盛り場で、第一等の人氣を博するほど、世界は呑氣で馬鹿々々しくて、人間は甘かつたのです。
尤もその頃の江戸には、今の裸レヴイユなどは足もとにも追ひ付かぬ猥雜な見世物があり、それが默許されて居たくらゐですから、『一と目千兩』の美女の見世物があつたところで、何んの不思議もありません。