Chapter 1 of 6

「わツ驚いたの驚かねえの」

ガラツ八といふ安値な異名で通る八五郎は、五月の朝の陽を一パイに浴びた格子の中へ、張板を蹴飛ばして、一陣の疾風のやうに飛び込むのでした。

「此方が番毎驚くぜ。何んだつて人の家へ來るのに、鳴物入りで騷がなきやならないんだ」

親分の錢形平次は、さう口小言をいひながらも、さして驚く樣子もなく、淺間な家の次の間から、機嫌の良い笑顏を見せるのでした。

江戸開府以來と言はれた捕物の名人錢形平次は、かうして煙草の煙を輪に吹きながら八五郎の持つて來るニユースを、心待ちに待つやうになつてゐたのです。

「へツ、こいつを聽いて驚かなかつたら、親分の前だが、あつしは十手捕繩を返上して――」

「どつこい、皆まで言ふな、――番太の株を賣つて、煮賣屋のお勘子を口説くんだらう」

「叶はねエなア、――兎も角、行つて見て下さいよ。ピカピカするやうな良い娘が、錠のおりた藏の中で、虫のやうに殺されてゐるんだ。世の中にはもつたいないことをする獸物もあつたものですね」

「場所はどこだ」

「下谷の山崎町二丁目の呉服屋池田屋萬兵衞の家ですよ」

「場所が惡いな」

「三輪の萬七親分が、お神樂の清吉をつれて來て、嫌がらせな調べを始めたんで、池田屋の旦那が、お願ひだから錢形の親分をつれて來てくれ。あの樣子ぢや三輪の親分は、店中の者を數珠繋ぎにしさうだつて、顫へ上つてゐますよ」

「まさか、そんな事もあるめえ」

平次は氣が進まない樣子ながら、八五郎にせがまれて、たうとう出かける氣になりました。

「池田屋といふのは、お山の御用を勤めてゐる、分限者ぢやないか」

道々事件の輪廓を、八五郎に説明させるのです。

「寛永寺御出入りの呉服屋ですよ。主人の萬兵衞は五十過ぎの有徳人で、腰折れの一つも捻る仁體ですが、殺されたのは主人の姪で、娘のやうに育てられたお喜代といふ十九の厄。滅法良い娘ですぜ、もつたいない」

「若くて綺麗な娘が死んだのを、無性にもつたいながるのは、八の前だが物欲しさうで變だよ。同じことでも、可哀想とか何んとか、言ひやうがあるだらう」

「でも、上粉で拵へて色を差したやうな可愛らしい娘が殺されてゐるのを見ると、あつしは無闇に腹が立ちますよ。このまゝ土に埋めてしまつちや、もつたいないやうな氣がして」

「又始めやがつた」

そんなことを言ひながら、二人は山崎町二丁目に着きました。

池田屋の店構へは大したことはありませんが、如何にも内福らしい豪勢さが、急所々々に光つてゐると言つた暮し方で、主人の萬兵衞、手代の吉三郎などが、丁寧に庭木戸を開いて平次を迎へ入れます。

「おや、錢形の親分。また手柄をさらひに來たのかえ」

縁側に立つてニヤリとしてゐるのは、同じ十手仲間の三輪の萬七で、四十男の逞ましい顏は、鬪爭意識に燃えてをります。

「飛んでもない。閉めきつた藏の中で、若い娘が殺されてゐるのは珍らしいからと、八の野郎が無理に引つ張つて來たんだ、――ところで親分の見當は?」

「大方目星は付いたつもりだが、まア錢形の兄哥の調べつ振りを拜見しようか」

三輪の萬七は意地惡く逃げて、平次のために説明してくれようともしません。

「それぢや、案内して貰はうか」

平次は大してこだはる樣子もなく、そこへついて來た手代の吉三郎を顧みます。二十四五のちよいと好い男で、場所柄らしくないにしても、何んかの彈みでニツコリすると、女のやうに優しい表情になります。

裏の方へ廣くなつた母屋を一と廻りすると、植込みの中に土藏が二た棟、その一つは大きくて母屋から離れて建ち、一つは小さくて母屋と廊下で繋がつてをります。その小さくて頑丈な方に、殺された姪のお喜代の死體が、まだ今朝發見された時のまゝになつてゐるのでした。

入口はたつた一つ、廊下の行き止りに樫の一枚板の塗喰の大戸で鎖した上、大一番の海老錠がおろされ、地獄の門のやうな嚴重な造りです。

平次と八五郎はそこに待ち受けてゐた主人の萬兵衞に案内されて藏の中へ入りました。三輪の萬七が何にか自分の見落したあとを、錢形平次に見付けられでもしてはと思つたのか、さり氣ない顏で後からついて來たことは言ふまでもありません。

Chapter 1 of 6