Chapter 1 of 15

「親分、ありゃ何んです」

観音様にお詣りした帰り、雷門へ出ると、人混みの中に大変な騒ぎが始まって居りました。眼の早い八五郎は、早くもそれを見付けて、尻を端折りかけるのです。

「待ちなよ、八、喧嘩か泥棒か喰い逃げか、それとも敵討ちか、見当もつかねえうちに飛込んじゃ、恥を掻くぜ」

平次は若駒のようにはやり切った八五郎を押えて、兎にも角にも群衆をかきわけました。

「はいよ、御免よ」

などと、八五郎は声を張りますが、場所が場所なり日和もよし、物好きでハチ切れそうになって居る江戸の野次馬は、事件を十重二十重に囲んで、八五郎の蛮声でも道を開いてはくれません。

その間に誰が気が付いたものか、

「銭形の親分だよ、道を開けなきゃ――」

などと言うものがあり、やがて道は真二つに割れます。

群衆の中に、居疎んだのは二人の若い男女、男の方は三十前後の町人風で、女の方は十八、九の旅姿の娘、これは非凡の美しさですが、何処か怪我をした様子で、身動きもならず崩折れましたが、それを介抱している男の方も、額口を割られて、潮時のせいか、鮮血が顔半分を染めて居ります。

「どうしたんだえ、これは?」

平次は、兄妹とも夫婦とも見える、この二人の前に突っ立ちました。

「ヘェ」

「怪我をして居るじゃないか」

「危なく返り討ちになるところでした――、親分さんが、お出で下さらなきゃ」

若い男は、血だらけの顔を振り仰ぐのです。

色白で少しのっぺりして居りますが、なかなかの好い男です。縞物の地味な袷、小風呂敷包みを、左の手首に潜らせて、端折った裾から、草色の股引が薄汚れた足袋と一緒に見えるのも、ひどく手堅い感じでした。

「返り討ちは穏やかじゃ無いな、――一体どうしたというのだ、いや、此処じゃ人立ちがして叶わない、八、其辺の茶店の奥を借りるんだ、お前は娘さんを――」

平次は眼顔で八五郎に合図すると、直ぐに傍の茶店の奥へ、若い男をつれ込みました。

その後から、旅姿の娘に肩を貸して、同じ茶店の奥へ入って来る、八五郎の甘酸っぱい顔というものは――

何しろ娘の可愛らしさは非凡でした。旅姿も舞台へ出て来た名ある娘形のようで、汗にも埃にも塗れず、芳芬として腋の下から青春が匂うのです。

「先ず、その傷の手当をするがよい」

奥へ入った平次は、若い男の右小鬢の傷を、茶店で出してくれた焼酎で洗って、たしなみの膏薬をつけ、ザッと晒木綿を巻いてやりました。打ちどころが悪くて、ひどく血は出しましたが、幸い大した傷では無く、こうして置けば四、五日で治りそうにも見えます。

「まア/\こんなことで済んでよかったよ、ところで、深いわけがありそうだが、それを聴かして貰おうか」

「有難うございます、銭形の親分さんだそうで、飛んだところで、良い方にお目にかかりました」

「敵討ちが望みなら、強そうな武者修行か何んかに助けて貰う方がよかったかも知れない、俺じゃ、助太刀の足しにはならないぜ」

「飛んでもない、親分さん」

それから温いお茶を呑んで、煙草を吸いながら、心静かに平次は、二人の話を聴いたのです。

「――私共は腹違いの兄妹で、私は山之助、妹はお比奈と申します。遠州浜松の生れで、父は栄屋という大きな呉服屋をいたして居りましたが、今から十年前父の山左衛門は、家中の悪侍大友瀬左衛門という者に討たれ、それが因で一家離散をしてしまいました」

山之助は涙ながらに――文字通り、涙に濡れて語り進むのでした。

大友瀬左衛門が栄屋山左衛門を討ったのは、少しばかり用立てた金を、やかましく取立てた怨みで、栄屋もそれで潰れましたが、大友瀬左衛門も、城下の町人を殺した罪で永の暇になり、それからは良からぬ者を集めて、自ら首領になり、海道筋を荒し抜いた上、近頃は江戸に入って、押込強盗を働いて居るという噂でした。

山之助はそれから間もなく、知辺を訪ねて江戸に入り、新鳥越の呉服屋、越中屋金六というのに奉公して、親の敵討ちは叶わずとも、せめて父祖の家、栄屋を再興する念願に燃えて、一生懸命働いて居りましたが、

「――故郷の浜松在の叔母に預けて来た妹のお比奈が、叔母が死んで頼るところが無くなり、一人旅の苦労を重ねて、江戸の新鳥越に、兄の私を訪ねて参りました。それはツイ二日前のことでございます」

ところが、肝腎の兄が奉公して居る越中屋というのは、元は日本橋で相当の店を開いて居たが、主人の金六が中風を患って没落し、今では新鳥越に引っ越して、呉服屋とは名ばかり、主人一人、奉公人一人の、見る影もない小布屋に成り下り、妹お比奈がせっかく浜松在から訪ねて来ても、お勝手の板の間より外には、寝かす場所もないという有様だというのです。

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