Chapter 1 of 4

「八、その十手を見せびらかすのを止してくれないか」

「へエ、斯うやりや宜いんでせう。人に見せないやうに」

親分の平次に言はれて、ガラツ八の八五郎はあわてゝ後ろ腰に差した十手を引つこ拔くと、少々衣紋の崩れた旅疲れの懷中にねぢ込むのです。

「だらしがねえなア、房が思はせ振りにハミ出して居る上に、十手の小尻が脇の下に突つ張つて居るぢやないか」

「へエ、まだいけませんかね」

「此處は江戸の眞ん中ぢやねえ、武州忍、阿部豊後守樣十萬石の御城下だ、そんな風をして、後生大事に懷中を押へて歩くと、請合牛蒡泥棒と間違へられる」

「冗談でせう、いかに武藏の國だつて、房の附いた牛蒡なんてものは、ありやしませんよ」

平次と八五郎は、郊外の秋色を愛で乍ら――といふと洒落れて聞えますが、實は川越在の名主、庄司忠兵衞の餘儀ない頼みで、十五里の道を、ブラリブラリと二日がゝりで、町から三里ばかり、赤トンボとイナゴに迎へられ乍ら、どうやら陽のあるうちに、目的の家に着いたのです。

迎へてくれたのは、主人の忠兵衞五十二三、分別者で評判の良い中老人ですが、田舍名主らしく何んとなく權高なところがあります。でも、事件は獨り娘の生命に關はることで、さすがに見識も見得もかなぐり捨て、

「や、錢形の親分、待つて居ましたよ、遠いところを、飛んだ無理を言つて――」

などと如才もありません。

足を洗つて奧へ通されると、内儀のお縫が待ち構へて、お茶よ、お菓子よとあわたゞしいことです。

「それより、先づ、お孃さんが、姿を隱したといふ一埒を承りませう。なアに、疲れたと言つてもたつた十五里の道を、二日で歩いた遊山旅で、時候が良いから、ろくに汗も掻きやしません。この野郎がイキの惡い金魚見たいに、口をパク/\させてゐるのは、少し腹が減つてるだけのことで」

八五郎の表情を讀んで、平次は遠慮のないことを言ふと、

「それは氣が付かなかつた、陽の暮れるのを待つて一杯つけ乍らと思つて居たが、それぢや兎も角も」

主人の忠兵衞が指圖すると、内儀のお縫がお勝手へ飛んで行つて、何が無くとも冷飯に炙り魚、手輕な食事になつてしまひました。

その間、耳と口が一緒に働いて、名主の娘お吉が行方不知になつた事件が、父親忠兵衞と、母親お縫の口から、細かに説明されて行くのです。

娘のお吉は親の口から保證する通り、鄙に稀なる美しいきりやうでした、年は十九、厄が明けたら、隣村の大地主の總領に、嫁入りさせることになつてゐる矢先、神隱しに逢つたやうに、フと姿を隱してしまつたのです。

それは數へて丁度十日前のこと、鎭守樣の裏に、小屋掛をしてゐる芝居の見物に行き、下女のお松と二人、芝居がはねて木戸を出たことまではわかつて居るが、その時木戸に溢れた人波に隔てられて、姿を見失つたまゝ、お吉はその晩も、その翌る日も、そして十日待つても歸らなかつたのです。

「私はあらゆる手を盡しました、知合ひから親類、隣村までも手を伸ばした末、村の若い衆を頼んで、山狩りまでして見ましたが、お吉はそれつきり見付かりません。それは丁度九月の十三夜で、亥刻過ぎの月は、晝のやうに明るく、芝居歸りの人が田圃一パイ歩いて居りましたが、いかに田舍の夜更けと申しても、若い娘一人、手輕に姿を隱せる道理はなく、神隱しに逢つたか、誘拐されたか、全く途方にくれてしまひました」

主人の忠兵衞は言ふのです。あらゆる手を盡した末、フト思ひ付いたのは、江戸で今高名な御用聞、錢形平次親分に來て貰つて、娘の行方を搜す工夫は無いものかといふことだつたのです。

幸ひ與力笹野權三郎は、忍藩の重役某の縁者で、それを辿つて配下の御用聞錢形平次を動かし、暫らく平次を保養させることにして、遙々川越の田舍まで出張らせることに段取を拵へたのでした。

若い娘の行方不明といつたことは、何時でも、何處の國にもあることで、その大部分は男を拵へて道行をするか、惡者に誘はれて、遠國に賣られるか、大抵はきまつた筋ですが、庄司忠兵衞のお吉の場合は、その紋切型とは、大分事情が違つて居さうです。第一、何處で誰に訊いても、お吉は身持の良い娘で、男との關係は絶對に無かつたといふこと――これは自尊心の高い美しい娘によくある型で、親のひいき目ばかりでは無ささうです。

それに隣村の地主の總領とは、親と親との間で取極めた縁談であつたにしても、相手が評判の良い息子であり、お吉もその縁談は滿更でもなく、下女のお松などに言はせると、内々は大乘氣であつたといふことで、富裕な名主の娘が、その縁談の纒まつたばかりのところを、惡者の甘言などに乘つて、遠國に突つ走るといふことは、先づあり得ないことゝ言はなければなりません。

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