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だいこん
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だいこん
久生十蘭
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Chapter 2 of 10

十六日   木曜

庭の花明りの中で大きな蝶が酔ったようによろめきまわり、海は貧血して、青くなってぐったりノビている。

十四日夜の宮城占領の将校四人は、田中東部軍管区司令官に説得されて自殺。残りは憲兵隊へ自首。放送会館のほうは宮城前へ行ってこれも自殺。襲撃組はみなつかまったが、シャトオブリアンが〈天上の妖術〉といっているように、武断派にとって戦争は聖職で、摂理によって偉大な運命を背負わされていると信じているんだから、軍神の面子にかけてもやすやすとひっこむまい。放送のご詔勅の原稿も、はじめ〈戦局日ニ非ニシテ〉とあったのを、二時間も議論して〈非ニシテ〉と訂正し、それをまた阿南さんが〈必ズシモ好転セズ〉となおし、ひどくごったかえしたということだった。日ニ非ナリと、非ナリと、好転セズとで、敗けた戦局がどうちがうというんだろう。手のつけられない気取り屋どもだ。

うちのうしろの高台にある高射砲隊の抗戦派の隊長は、兵隊を集めてご放送をきかせたが、最後までどういうことをおっしゃっているのかわからない。

「お前ら聞いたか。いよいよ国民総特攻=男女総出陣=一億総玉砕だぞ」

アテズッポウをいって感激しているうちに、内閣の声明で無条件降伏だということがわかり、始末がつかなくなってあわててスイッチを切ると、

「いまのラジオはアメリカのデマ放送だ。こんなところを見ると、やつらもいよいよ苦しくなってきたらしい。なにしろ五百何艘もアメの軍艦が沈んだので、太平洋の水位が五センチほど上ったというからな。第一総軍、万歳。戦争のヤマは見えたぞ」

とすごいアジをやったと、さっき兵隊さんがきておしえて行った。

同盟のPさんの話だと、長崎では憲兵隊が電流を切って放送を中断し、終戦の大詔と内閣の声明を載せた西日本新聞をおさえて終戦を知らせないようにしたので、県知事と市長が殺される覚悟で憲兵隊へ出かけ、八時間もねばってようやく夜の十時になって放送した。陸軍の和平反対の空気は手のつけようのないところまで行っているらしいということだった。つまるところあたしたちは竃のそばに置かれたパン種のようなもので、いつ焼板へ投げつけられるか知れたもんじゃないけど、いまのところはちょっと保合っているらしい。

〈戦争の最中に、軍紀をゆるめて休息する“幕合い”の時間がある。おれにとっても、これはありがたいものだった〉とゲエテが「滞仏陣中記」でいっている。この一年間、だいこんは、スラックスのなかで汗をかいていたが、軍紀をゆるめて裾に風を入れる幕合いの時間があるのは、あたしにとってもありがたいものだった。

スラックスは丸めてベッドの下へおしこみ、英国皇帝戴冠式のときの花模様のあるオゥガンジの式服をひきずりだして着てみた。小さいときの服なので、スカート・ラインが膝のところまでとびあがっているが、そのかわりだいこんが夢のように涼しい。

エリザベト内親王のお散歩といった恰好で、裾をつまみながらナヨナヨと庭へ出てみたが、べつに変ったこともない。ぼんやりしていると、うしろで声がした。ふりかえって見るといつも陣地から水をもらいにくる、黄色くしなびた、貧乏な神学生のような若い兵隊さんが立っていた。

靴をもらえないのだとみえていつも素足に藁草履をはき、ドラム鑵をのせた牛車を追いながら陣地から降りてくる。腰に一尺ばかりの棒切れをさげているのでたずねてみたら、しなびた兵隊さんは頭をかきながらいった。

「わア、棒切れはひどい。これでも銃剣のつもりなんですよ。そういってわたされたんですが、どうしたってそうは見えないね、これゃ」

きょうは棒切れをさげていないが、またいちだんと煤け、見るからに篤実なようすをしていた。

「お水なの」

「水はもういいです。隊は昨夕解散しました。ながながお世話になりました」

あたしは気取った声でいった。

「お家へお帰りになるのね。なんでしたら、お茶でも」

「結構です」

「じゃ、お元気でね。日本のためにしっかりやってください」

神学生は煤けた頬をオールド・ローズ色に染め、足を踏みかえながらもじもじしている。

「なにかご用なの」

神学生は眼を伏せながらしどろもどろにいった。

「ちょっとおねがいが」

そらきた。水を貰うなら、近いところにもっといい井戸がある。あたしの家へくるのはチトへんだと思っていたが、案のじょう、この兵隊さんはあたしに御座っていたんだ。

あたしは庭境いの夾竹桃を指さしながら艶のある声でいった。

「じゃ、あの蔭へでも行きましょうか」

「はあ」

といったきり神学生は動かない。あたしはじれったくなってたずねた。

「おねがいって、どんなおねがい。あたしのできることでしたら」

神学生が眼を伏せたままぶつぶついった。

「すみませんが、ピアノを」

「ピアノをどうなさるの」

「ピアノをすこし奏かせていただきたいんです。自分の家は目白で全焼しましたので、帰ってもなにもありません。ほんの五分だけ」

あたしはがっかりして気のぬけた声でいった。

「そんなことだったの。なにかもっと面白い話かと思ったのよ。おかまいできないけど、奏くだけなら、一年でも二年でもお好きなだけ奏いていいわ。じゃ、こっちへいらっしゃい」

「すみません」

神学生の兵隊さんは玄関で藁草履をぬぐと、篏木の床に大きな足跡をベタベタつけながらあたしのうしろからついてきた。高射砲弾の破片でぶちぬかれたあぶない階段をあがって、テラスに向いたあたしの部屋へ連れこむと、兵隊さんはものもいわずにピアノのほうへ行って、外被をあげてレグレティングのところをおさえてみて、それからひくい声でつぶやいた。

「エラールのピアノははじめてだぞ」

椅子に掛けて八十五鍵を低音部から素早くひと撫ですると、いきなりバッハの〈平均律洋琴曲ハ長調フーガ〉をひきだした。

なんといううまさなんだ。この曲はジルさん(ジル・マルシェックス)がサール・プレーエルで奏いたのを聞いたことがあったが、その兵隊さんのほうがずうっとうまかった。だいこんなんか百ぺん鯱っちょこ立ちしたって及ばない。鶏の首のようにおちくぼんだ襟足をあっけにとられてながめていると、ラヴェルの〈スペインの時〉とファリアの〈火の鳥〉をあっさり奏いて、ありがとうございましたとお辞儀をしてぽくぽく帰って行った。

日本には、兵隊さんのなかに、ただの一兵卒のなかにこんなすぐれたひとが無数にいる。満寿子さんはファシズムが敗けたので、日本人が敗けたんじゃないといっていたが、その意味はあたしにもわかるような気がする。

病気をしたり、肺をぶちぬかれたり、兵隊の廃品になってあまされてかえってきた四代目クラブのひとたちにしたってそうだ。六右衛門さんの家をクラブにして、お講義をきいたりご法話をきいたり、朝食会で〈お好み焼〉をやったり、もっぱら煙霞療養に専念しているので、〈サボ・クラブ〉などと悪口をいわれているが、ヒラの二等兵だった六右衛門さんにしても、長謙さんにしても、村井の陸さんにしても、その道ではそれぞれ世界のベスト・テンへ入るような〈達人〉なんだ。

六右衛門さんはトゥルヌゥル先生の高弟で、ハアプの純正奏法では、欧羅巴にもアメリカにも追いつけるやつなんか一人もいない。長謙さんは若い生命の力のありったけを、美しい本をつくることにそそいでいるアンドレ・マレの後継者で、パリの国際書籍芸術展覧会へ出品したシェレエの〈アドーニス〉は三万五千ドルでアメリカへ行った。

村井の陸さんは写真芸術の権威者、満寿子さんは香水の鑑定家、珠子さんは女流自動車競走の選手権保持者、山チイはパイプ・オルガンの名手、会友のシゴイさんこと鸛一さんは、故パパとおなじく飛行機の名パイロット、かくいう〈だいこん〉こと石田里子嬢は、これでもリセ(官立高等中学)の競争試験に歴史と論文で一等賞をとり、卒業式に大統領と握手しているんだ。こんどの超特大惨敗で、日本は第五十七等国へ下落するかもしれないけど、人間の素質にはなんの変りもない。戦争に負けたってええものはええんだ。〈太陽は沈むが、太陽自体に変りはない(セネカ)〉

お腹がすいてたまらない。あんな宣言をした手前、だいこんの自尊心はお腹がすいたなんて弱音をあげないが、せめてお茶にでもありつこうと二階から降りかけると、お客間でさかんな人声がする。お君を呼んできいてみると、戦中、猛威をふるったナチ・マニアの〈ジャガイモ一家〉のママ薯と娘薯がおそろいできているというので、うんざりして部屋へひきかえした。

ママ薯のほうは、武術講演をしたり薙刀をふりまわしたりする大名華族の珍品というところでさしたる悪影響はなかったが、娘薯のほうは、他人が幸福だったり、自分より美しかったりすると、なんとかして不幸にしてしまわないと気がすまないといううるさい陰謀家で、四代目クラブ以下、鎌倉組の英仏派はひとりのこらず有形無形の被害をうけた。

そもそもあたしに〈だいこん〉なんて名をつけたのは〈ジャガイモ〉なので、これには忘れられない思い出がある。

戴冠式の見物にロンドンへ行くことになって、団体謁見にでるパパとママは先に発ち、あたしは満寿子さんや珠子さんといっしょにブゥルジェから飛行機で行った。

どす黒い雲がたぐまり、いまにも雨になりそうな朝で、黴の生えた不景気なロンドン塔が霧の中からぼんやり浮びだしている牧野さんのテームス河の絵を思いだすと、こんな日にロンドンへでかけて行くのは、ありがたすぎてくしゃみがでそうだった。

待合室のガラス壁ごしに滑走路を見ると、横っ腹に L'A mazone Ja-163 と書きつけた、鯰のような頭でっかちの旅客機が、中腰になってへいつくばっている。待合室の奥で、コルクの栓抜きが軋むような耳ざわりなドイツ語がきこえるのでふりかえってみると、やはり戴冠式へ行く〈女ヒットラー〉、ナチス婦人団長ゲルトルート・ショルックリング女史と、ナチス婦人団の見学にはるばる日本からやってきた武徳会の薙刀の先生、黒田悦子師範ことママ薯が見送りの大使館の連中を相手にしてそうぞうしいドイツ語でおしゃべりしていた。

薙刀でひっぱたかれたあとだとみえ、おでこに瘤のようなしこりが出来、薄い眉の下に犬のような濡れた大きな眼がある。顴骨がうんととびだし、眼と眼の間がむやみに離れ、宋美齢のおしゃもじ面にそっくりだ。

師範のうしろに黒田彰子ことムスメ薯がカアネーションの花束を抱いて立っていた。ママ薯におとらないナチ・マニアで、この前パリへ来たとき、カーキ色のユニフォームに、BDM(ドイツ女子青年団)の〈三叉の物干棒〉のバッジをつけてルロンへ口紅を買いに行って、あっさりお断りをくったというトンチキだが、なんのつもりか鶴のように片足で立って、花束の間からあたしたちのほうを見ていた。

そのころママ薯は、日本婦人会を再組織して十五歳以上の女をのこらず加入させ、戦う日本のために〈強く勇敢なる婦人〉をつくりあげ、日本女子軍団を編成するというたいへんな抱負をもっていて、娘薯を連れてパリへ講演にやってきたが、その日ちょうどシャリアピンの独唱会があったので、日本人はみなそっちへ行ってしまい、一人も聴衆がなかった。

ママ薯はひどく腹をたて、その晩のうちにベルリン直行で帰ってしまったが、巴里にいる日本人はみな非国民だとひどいことをいって歩いていたそうだ。こちらにはちっとも悪意はなかったので、満寿子さんなどは、

「どうすればあたしたちが兵隊になれるのか、ちょっときいてみたいもんだわね」

などとうれしがっていたくらいだが、パリにいる日本の女性は、女の兵隊よりシャリアピンのほうに絶大な魅力を感じていたので、そちらまで手がまわらなかっただけのことだった。

そのうちに乗客係が、

「ア・ラ・ヴィオン(客室へ)」

と触れてきた。ママ薯は娘薯と秘書のようなひとをつれて客室へ乗りこんでくると、把手を廻して窓をあけたので、小雨まじりの風がドッとばかりに吹きこんできた。

帽子を飛ばし、スカートをふきあげるというえらいさわぎになったが、ママ薯は知らぬ顔の半兵衛で見送りの一行と会話をつづけている。給仕がやってきて、みなが迷惑しているから窓をしめさせてくれというと、ママ薯は噛みつくような調子で、ユウ・シャラップと怒鳴りつけておいて、秘書みたいなひとに窓のほうを顎でしゃくってみせた。これでようやくさわぎがおさまって、〈女傑〉号がよたよたと滑走路を走りはじめた。

身体がふんわりと綿にでも包まれたような感じがしたと思うと、コンピエーニュの森やビェルフォンの城の天主閣やオアーズの流れが眼の下に見えだしてきた。

ダルトノアの丘陵地の真上あたりまでくると、風が強くなって〈女傑〉号がむやみによろけだす。煙のような霧の中で風車やポプラの列があらわれたり隠れたりしていたが、そのうちに仏白国境のキャップ・ド・ラ・ブラン・ネの灰色の断崖が下からぐっとせりあがってきた。

いよいよ海峡へ飛びだす。窓に鼻をおっつけて見おろすと、ドヴァが白い波がしらをふりたててものすごく荒れくるっている。給仕がキャンヴァスの袋に入った救命具を頭の上の網棚へ載っけてあるく。すごいことになった。フォークストンの海岸までまだ二十分もある。ここでボチャンと落ちたら鱶の餌食だ。

給仕がこんどはボロモセルツァのコップをみなに配る。最後にママ薯のところへ持って行くと、わかっているのにそれはなんだと質問する。ひどくひねくれた女傑だ。給仕はこれは酔止薬だと説明して、

「Take it from me, madam.(悪いことはいわないからお飲みなさい)」

とすすめると、ママ薯は刺激的な冷笑をうかべながら、「None of your business !(よけいなお世話だ)」

と拒絶した。

さすが女傑はちがったものだと見ているうちに、なんとなくようすがおかしくなってきた。額の色が沈んで眼玉がとろんとなり、薄い唇をへの字に結んで咽喉のラムネ玉をしきりにあげさげしている。

そのうちにいよいよただならぬ景色になって、眼をつぶって前の凭背をつかんで貧乏震いをしはじめた。口ほどにもなく女傑はゲエをやるらしい。武徳会師範のゲエなんかめったに見られないスペクタクルだから、満寿子さんを突っついておしえてやった。

「満寿子さん、極東の女傑がいまゲエをやるから見ていなさい」

満寿子さんがふりかえったとたん、武徳会師範は備付けのゲエ用の三角封筒に顔をうずめてゲエゲエやりだした。

そこであたしが大きな声でゲラゲラ笑ったので、ナチ・マニアの親子がひどく感情を害し以来〈蕪大根派(フランス派)〉と〈馬鈴薯派(ドイツ派)〉の対立が激化することになった。

戴冠式の前日、レーンロオにある光井さんの野荘のお茶の会で、ゲエのしかえしのつもりかママ薯が嫌がらせみたいなことをいった。

「パリにいらっしゃる日本の女の方たちは、アメリカ風の減食法をおやりになって、一日じゅう婦人室からお動きにならないから、みなさん細っそりとしていいおようすね」

あたしは癪にさわって、

「そうなんですわ、奥さま。減食法のおかげで、飛行機でゲエなんかしないですみますんです。ほ、ほ、ほ」

と笑ってやった。

さすがながねん薙刀でぶっ叩かれただけあって、これくらいの仕返しはびくともしないらしい。ママ薯はぬうっと反り身になると、あたしのいったことなんかてんで聞えなかった顔で、

「人間というものは、戦争とか、美とか、そういう苛酷なものに生甲斐を感じると、シュメリングがいっていますが」

あたしが訂正してやった。

「シュメリングではありません。アランです」

「とアランがいっていますが、減食して身体を痩せさせるような、人間の弱さ、繊弱さを露呈した、傷めつけられた病的な美は、これからの日本には有害です。そういうものを美だとする観念が、すでになにか歪みをもっているのですね。パリにいる日本の女の方たちは舞踏室でのトレーニングはお上手でしょうが、体育や協同のトレーニングをやらせたら問題にならないでしょう。それが問題だと思うんです」

あたしが質問した。

「体育って薙刀のことですか」

「薙刀だけが体育ってわけではありません」

「鯱っちょこ立ちなんかはどうですか」

「ハンドスタンド……つまり倒立というのが徒手体操にありますから、もちろん体育の部類へ入るでしょうね」

あたしは椅子から立ちあがると、テラスの端へ行って、どっこいしょと掛声をかけながら胸壁へよじのぼった。光井さんのご夫婦とK7さんがたまげたような顔でこちらを見ている。

ドイツでは鯱っちょこ立ちは体操かもしれないが、あたしの鯱っちょこ立ちはアクロバチック・ダンスという優美なものなんだ。いつだったか「フォーリイ・ベルジェール」でマドモアゼル・ピカヴィエのアクロバチック・ダンスを見てから病みつきになってしまった。マリイ・ローランサンの絵のモデルかと思うようなマドモアゼル・ピカヴィエが、純白のプランセスを着て、草の茎のようなすらりとした足をそろえて逆立ちするあのすばらしいポーズが長いあいだあたしの夢だった。

おかげでいくど首の骨を折りそくなったかしれない。おなじ逆立ちでも、フランス風の逆立ちはこんなにもエレガントなものだということを即物的に証明し、〈巴里にいる日本の女のかた〉の骨のあるところを見せ、全体主義の度胆をぬいてやろうというわけなんだ。

一尺ばかりの幅のところへ掌をつけて腰にちょっとはずみをくれると、ながねんの鍛練の功で、爪先がきちんと揃ったまましんねりとおっ立っていく。なにしろ背景が英国の初夏の空というんだから大きい。

あたしのつもりではマドモアゼル・ピカヴィエの十倍も優美に見えるはずだったんだけど、あいにくうんと裾のひらいた翼裾だったもんで、スカートが垂れさがってきてすっぽりと顔を包んでしまった。

英国くんだりまできて、戴冠式の前日にテラスの胸壁で鯱っちょこ立ちをしようなどと思っていない。下部構築をいい加減にしておいたので cache-sex がまるだしになり、だいぶみっともない恰好になっているらしい。こいつは困ったと思っていると、ジャガイモが待ってましたとばかりになにかいいだした。

「フランスには蕪大根しかないんだそうですけど、ほんとうね。あんなずんぐりした大根、日本にはないものなんでしょう」

めったに笑ったことのない光井さんの奥さんの笑い声がきこえる。うすうす自覚はあったが、缶詰のアスパラガスの Big size ぐらいのところだろうと思っていたので、〈フランスだいこん〉にはやられた。さすがのあたしもすっかり照れて、頭を掻こうとしたひょうしにあぶなく胸壁から落っこちるところだった。

あたしがしょげているので気の毒になったのか、

「薄紗の朱鷺色の下着が、花弁のように四方へ垂れさがった中心から、薄卵色の靴下をはいた足が雄蕊のようにのびあがって、ちょうど大きな胡蝶蘭の花が咲きだしたようだったわ」

と満寿子さんが文学的になぐさめてくれたが、いちど受けた心の傷はとても文学なんかではなおせない。あきらめてだいこんと名乗ることにしたが、あの日の屈辱が和ぎえない劣敗感になって、いまでも心のどこかにしっかりとこびりついている。

あたしたちは欧州大戦が東部要塞線に膠づけになっている冬に日本へ帰ってきたが、ポテト一家の威勢はたいへんなもので、パパ薯はなにやら院の総裁、ママ薯は日本婦人会の名誉理事、娘薯は〈女子挺身隊員第一号〉で有名になった首相のみっともないお嬢さんの田園調布組と、桜会の平塚組と、錨会の逗子組をひとまとめにしてJBDM(ドイツ女子青年団日本支部)という意味不明瞭な団体をつくり、オット・ドッコイ独逸大使とウドノ・マカローニ伊太利大使のお嬢さんを顧問に推戴し、ドイツの〈女子指導団〉の制服にそっくりなカーキ色のスーツを着て、鼓笛行進なんかやって気勢をあげていた。

さすがに満寿子さんや珠子さんのところへは行かなかったらしいが、あたしを馬鹿だと思ったのか、ある日、入会の勧誘にきて、大きな活字でJBDMと刷った入会規則を突きつけた。

うるさくなったのであたしがいった。

「JBDM……珈琲なら買ったのがありますから、またこの次にねがいます」

ジャガイモは軽蔑に耐えないといった眼付であたしの顔を見ながらいった。

「モカ、ジャワ、ブラジルのミクスならMJBでしょう。これはJBDM……珈琲なんかに関係はないのよ」

それであたしがいった。

「ドイツなんてやはり田舎だな。JBDMはフランスでは珈排のミクストの方式さ。ジャワとブレアンジュとデメラリとマルチニックのミクスト……どこの三文キャフェでもやっている方式なんだ。失礼ですが」

これにはだいぶ凹んだらしかったが、ナチの軍隊が巴里へ進入すると、

「ジャン・パトゥでも、モリヌウでも、ランヴァンでも、ルシァン・ルロンでも……フォブゥール・サントノーレ街の一流の店の服なら、あたしにいってくださればなんとかしてよ」

なんて、まるでじぶんが巴里を占領でもしたようなことをいった。

そのうちにバドリオ政府が降服し、ムッソリニが愛人のペタッキ夫人といっしょにミラノで殺され、ベルリンが壊滅し、ヒットラーが国民にひと言の挨拶もなく、愛人のエヴァ・ブラウンといっしょにドイツの地獄へ行ってしまった。

〈ジャガイモ〉とJBDMが、チョビ髭をはやした〈わが闘争〉の神さまにあっさり置きざりをくってぽかんとしているようすは、グロッスの諷刺漫画そっくりで、四代目クラブや鎌倉組がひっくりかえって笑ったら、そのしかえしに桜会派の平塚組やアジア会派の藤沢組と組んで、鎌倉組を敗戦主義者の集りだの、降伏主義者の巣窟だのとデマをとばすので、あたしたちの迷惑といったらなかった。

ピアノの椅子に掛けて追懐にふけっていると、お君が肉茶をいいにきた。ポテト一家とお社交するのはやりきれないが、肉茶ときいては飛びつかずにいられない。大あわてに階段を駆けおりて客間へとびこむと、ジャガイモが椅子から立ちあがって、

「しばアらく」

と身体を二つに折るようなお辞儀をした。

グリーンのタァヴァンにおなじ色のアフタ・ヌゥンを着、濃い人参色のストッキングをはいているので、大きな植木鉢でも倒れてきたのかと思った。

いつものでんで、ジャガイモは両手の指先をなんとなくこめかみのほうへ持って行きながら、

「クラブでお待ちしていたのよ。きょうはお出かけにならなかったのね」

とすっとぼけたことをいった。

ママ薯が宋美齢なら、娘薯は鎌倉時代の古武士というところで、顎が翼のように左右へ張りだし、黒々とした一文字眉の下に尻っぱねのセイカンな眼がある。どういうわけか、笑うといよいよ眼尻が釣りあがって、どうしても怒っているとしか見えない。ジャガイモもこの点を修正しようと苦心しているふうで、笑うときはいつも両手の人差指と中指でこめかみの皮をゆるめて〈吊りあがり〉を防いでいる。

あたしは、ポテト一家を相手にする気はない。いそがしく肉茶をやっつけながら、いいかげんな返事をしていると、ジャガイモがきこえよがしになにかいいだした。

「四代目クラブはあの方びいきでたいへんでしたが、いよいよ天皇制もおしまいね。満寿子さんなんか、感慨もまたひとしおというところだったのでしょう。気持、わかるわ」

こいつさえいなかったら、さぞ人生が楽しいだろうと嘆かずにいられないような目ざわりなやつがいるものだが、ジャガイモの顔を見ていると胸の中にソレルの〈暴力論〉の直訳のような思想がムラムラとわきだし、ひと蹴り蹴ってやらないとおさまらないような気持になる。

あたしの足芸もずいぶん古いものだ。あたしがママのお腹をポンポン蹴っとばすので、ママは馬の子でもお腹へ入ったのではないかと本気で心配したそうだ。ヌイイ・シュウル・セーヌのメルヴィルさんの産院へ入院してからも、あたしが威勢よくじたばたするので、メルヴィルさんが宣言した。

「これは男のお子さんですよ。けっしてまちがいはありません」

ところが意外にもひょっくりと女の子が出てきたので、メルヴィル先生はひどく面目玉をつぶし、あたしが大きくなってからも、逢うたびにかならず愚痴をこぼした。

「マドモァゼル・サトコ、あなたにはまったくうまくだまされましたよ」

あたしはふしぎな赤ん坊で、オギャアともワンとも泣かないので、ずいぶんしずかな赤さんだなんて油断していたら、だしぬけに看護婦の顔の真ん中をうんと蹴っとばして卒倒させたということだった。

いやなやつで蹴られずにすんだのはひとりもいない。晩餐会などで気障なお嬢さんがとなりへ坐ると、食卓の下で泣くまで蹴っとばしていじめてやる。

「ママ、さっきから誰かあたしを蹴ります」

そいつがうらめしそうにあたしのほうを見ながら悲鳴をあげる。あたしは満面の笑をうかべながら愛想よくいってやる。

「お嬢さん、詩ですか。詩ならたくさんです、せっかくですけど」

それやこれやで、食卓のあるところではみな心得てあたしのそばへ寄りつかなくなってしまった。

どういうわけか、卓布のかかったテーブルでジャガイモと隣りあったことがなかったが、きょうはふしぎな縁でめぐりあうことになった。あたしはジャガイモの向う脛をせいいっぱいに蹴っとばしておいて、クラッカアのつづきを前歯で噛みながらゆっくりいった。

「よく聞えなかった。あなたのパパが戦犯になるだろうって。ほんとうにそうなら、たいへんだね。マニラ・ロープで首をしめられるというのは」

「なにをおっしゃっているの。あなたってほんとに愉快ねえ」

腓らっ脛へ靴の先が飛んできた。どっこい、そこはだいこんだ。たいして感じない。前よりすごいのをお返しする。

「愉快だってねえ、みなさんがそうおっしゃるのよ、あたしのことを」

ママがあたしのほうを見ながらいった。

「足を動かしているのはあなたなの」

あたしがいった。

「あたしじゃありません。彰子さまです。こいつ、へんに浮きうきしていやがる」

ママがむずかしい顔でいった。

「なんです」

宋美齢まがいのママ薯が、ねばりつくような声でいった。

「四代目クラブのおしこみがいいとみえて、あなたはいつも明朗カッタツね。それで、クラブの朝食会ではまだ自由コンフェランスってのをやっているんですか」

「大阪のなんとかクラブが真似しだしたので、いやだといってやめました」

「困ったひとたちね。ゴルフが流行りだすとゴルフをやめてしまう。射撃会が流行りだすとすぐやめてしまう。そんなことばかりしていたら、いまにすることがなくなってしまうでしょう。それでいまなにをしているんですか」

「このごろはお坊さんを呼んで、お説教をきいて遊んでいますんです」

「欧羅巴へ行ったり、日本へ帰ってきたり、また欧羅巴へ行ったり、その程度のでたらめなら救えますが、無常をおもちゃにするようになったらもうおしまいね。十四か十五で何百万という財産を相続して、十代でこの世の楽しみをしつくしてしまうなんて、ほんとうに不幸なひとたちです。あのひとたちの階級にまもなくたいへんな変動がくるのですが、いちどだってそんなことを考えたことがあるのでしょうか」

六右衛門さんや長謙さんの家では、番頭が事業の支配権を握り、当主の一族は配当だけもらって暮す高等養育院の生活で、すごく頭がよかった六右衛門さんのパパでさえいっさいの発言権を封じられ、死ぬまで生ける屍のような生活に甘んじていた。六右衛門さんは満州事変がはじまったとき、ちゃんと太平洋戦を見ぬいていて、戦争が勝っても負けても、金利生活者は根こそぎ絶やされてしまうだろうといっていた。ヤット子爵の貧乏華族より、六右衛門さんのほうがずっとよく時勢を知っている。ご心配はいらない。

ママがいった。

「あのひとたちは、あれでなかなか真人間なんですよ。六右衛門さんがいっていました。わたしたちは金があって食べることの心配がないから、あるだけの時間で日本のことを考えることができるって。傲慢ないいかたですが、あたしにはよく本心がわかりました」

「考えるだけですむなら、誰も苦労はしないでしょう。クラブというからなにをしているのかと思ったら、療養所の外気室のようなヴェランダのついたコテージの中へ、酒場だの、グリルだの、モンテ・カルロ式の鳩射場などをこしらえて、戦争中、毎日パァティをして遊んでいたというんですから」

ママがまたいった。

「あの貧弱な身体で、長謙さんがフランス一周の自転車競走に参加したことをごぞんじですか」

「知って居ります」

「日本人が一人も参加していないので、腹をたてたんだそうです。古い話ですが、K7さんがドオヴィル海岸の世界最初の自動車競走に、ただ一人の日本人として参加しましたが、K7さんは自動車がひっくりかえって死ぬものと、はじめから覚悟していたんだそうです。今日の英国をつくったホイッグ党の若いひとたちのことを思いだしますね。あのひとたちの努力も、金持の坊ちゃんのお道楽だといわれて、ながいあいだ誰からも理解されませんでしたが」

お君が電話をいいにきた。

「扇ヶ谷の天宮さまから」

あたしが立ちあがった。

「おっと、あたしだ」

「いえ、奥さまに」

ママが立って行ったが、間もなく帰ってきた。ママ薯が反っくりかえったままでいった。

「では、やっぱり」

ママはうなずいただけで返事をしなかった。あたしがママにたずねた。

「へんだな。満寿子さんがママになんの話だったの」

ママが落着いた声でいった。

「へんなことなんかないでしょう。あなたに関係のないことです。お茶はもっとあがるの」

「もうたくさん。お腹がガブガブ」

「おいそがしいでしょうから、ご自由に」

やれやれ助かった。あたしがいきなり立ちあがった。

「じゃ、失礼しようかな。みなさん、どうぞごゆっくり」

「どちらへかお出かけですか」

「クラブへ」

「クラブはやめておきなさい。きょうは家にいていただきましょう。ちょっと手伝っていただきたいことがありますから」

「へいへい。またのちほどお目にかかります。さようなら」

脇間の窓框に腰をかけてかんがえていたが、どうしてもへんだ。〈薔薇の花憲兵隊事件〉と〈俘虜収容所慰問事件〉でママは満寿子さんを誤解し、満寿子さんのほうはそれを面白くなく思い、たがいに交通権を放棄したまま国交回復をしていないから、両国間に電話で話をするような疎通が存在するとはかんがえられない。

ママ薯と娘薯は四代目クラブから入会を拒絶されて以来、クラブの会員とクラブ・ハウスを目の敵にし、〈法律第四十九号〉の面目にかけて、かならず解散させて見せるといい、クラブのほうでは南京虫と独逸馬鈴薯は根太が腐ってもクラブ・ハウスへ足踏みさせないといい、絶対に融和の望みのない阻隔状態になっていたのに、大小おそろいでクラブへ出現したなんてのはいかにもおかしい。ご放送があってから、ママまでがへんにクラブへ行かせたがらない。たしかになにかあったんだ。

クラブではあたしはおチビさん並みにしか扱われていないが、これでも会友のはしっくれだから、事クラブに関するかぎり、あんかんとしていられない。行けといわれたら行かないかもしれないけど、行くなといわれた以上、ぜひとも行かなくてはならない。

クラブへ行く道はいろいろある。〈災いはいつも表門から入るとはかぎらない(イギリスの格言)〉。こういうこともあろうかと思って、ちゃんと有料道路をつくってある。庭の境栽の月桂樹の根元に、ルルがそとへ散歩にいくときの御成門がある。ルルの私設道路だから使用料がいるが、そこをぬけて崖を這いあがると、花籬と南瓜畑にされた花壇の間へ出る。

お客間へもどってクラッカアをひとつ掠め、それを持ってブラブラ庭境のほうへ行く。うちの賢夫人には散歩しているとしか見えない。ところがそのへんで掻き消すようにだいこんの姿がなくなる。

ルルにクラッカアをやって、

「おい、通してくれ」

とたのむと、ルルが尻尾を振りながら通してくれた。

崖をあがりきると、黄色い地南瓜の花がコタァジュの横手で大さわぎをしている。しばらく見ないでいるうちに、長謙さんの蔓薔薇がパーゴラの天井まで這いあがってべたいちめんに握りこぶしのような花を咲かせていた。

戦争に敗ける年というのはさすがにちがったもので、寒流がどうとかこうとかして季節が一と月ほど延着しているということだったが、四月になって夏のような日が四五日つづくと、それまで鳴りをひそめていた花床の花どもがいちどにドッと咲きだした。三色菫が頭をふりはじめると、まもなく素馨とミモザがつづき、あとは薔薇、仏蘭西薊、錦葵、ミルトと花冷えのするほどめちゃめちゃに咲き、茴香やラヴァンドが匂い、南フランスの香水会社のお花畑のような派手な光景になった。

二十日の朝、屠殺場の皮剥のようなえぐい顔をした私服の憲兵がブラリとクラブへやってきて、もっともらしい顔で花壇の間を歩きまわっていたが、めずらしい花ばかりで名がわからないから参考のためにおしえてくれといった。

〈法律第四十九号〉の代表選手が、東京の九段坂からわざわざ鎌倉くんだりまでおいでになるというのには、それにはそれだけの理由がなくてはならないわけだが、長謙さんは本の背皮のことしかわからない頓馬だから、これはまた風流な憲兵もいるものだと、先にたって案内しながらいちいちていねいにおしえてやった。〈法律第四十九号〉はフムフムとうなずきながらきいていたが、それが目あてだったのだとみえ、なんとなく薔薇の花床のほうへ長謙さんをひっぱって行って、これは見事な薔薇だ、どこの原産かねとたずねた。よせばいいのに長謙さんは得意になって、

「こちらの単弁は〈イル・ド・フランス〉という銘柄のあるフランスの原産で、こちらの大輪は〈エドワード七世〉というイギリスの原産。こちらの厚物は〈亜米利加美人〉というアメリカの薔薇です。そうざらにない珍種で」

とニヤニヤすると、九段坂のひとはたちまち本性をあらわして、

「なんだ、この野郎。神国たる日本の土に米英仏の花を植えて、戦争の最中に眺めて楽しんでいるというのか。皮肉なことをするじゃないか。クラブの会員名簿があるだろう、持ってこい」

とすごい声でいった。

長謙さんがおどろいて会員名簿を捧呈すると、憲兵大将は唇をへの字にしながら、しゃくんだ顔で頁をくりだした。

「光井六右衛門……芦田長謙……村井陸平……天宮満寿子……藤原珠子……山勢千賀子……都合六名だな。これで全部か」

「ほかに会友というのがいますが、みな子供ばかりで」

「〈サボ・クラブ〉改称〈四代目クラブ〉だって……サボ・クラブというのは、戦争をサボるクラブというわけなのか」

「とんでもない。それは〈木靴から出て、また木靴にかえる四代目〉というフランスのことわざからとったもので、サボタージュなんかには関係がありません。どうか誤解のないように」

「うるさい。薄手な面をしやがって、ペラペラしゃべるない。訊ねたいことがあるから全員全部、明日の午前十時までに憲兵隊司令部へ出頭しろ」

翌日、四代目クラブ一同、九段坂の灰色の建物へ行くと、一人ずつ念入りに頭の中を検査されたうえ、始末書をとられ、花を抜いて南瓜畑にし、クラブの暖房装置をボイラーとも自発的に憲兵隊へ献納するという留保条件付でようやく放免された。

長謙さんは口惜しがって、その足で熱海の〈薔薇園〉へ飛んで行き、一九〇五年のカタログに載った〈ジェネラル・マックァサー〉という新種の蔓薔薇の苗を買ってきてパーゴラへ植え、空襲の最中でもせっせと水をやり、寝食を忘れて丹精していた。

ともかくすごい勢いだった。

ジェネラル・マックァサーというのは、将軍兼薔薇作りの名人だったジル・マックァサーのことで、汎アメリカ園芸共進会に一等をとった蔓薔薇に恒例的に〈マックァサー将軍〉のタイトルを贈ることになっているんだそうだが、七寸ぐらいの苗だったアメリカの蔓薔薇は、五月の末には一尺ぐらいになり、市松に組んだパーゴラの最初の横木に蔓を巻きつけたと思うと、太平洋艦隊の基地推進状況にテンポを合せてグングン伸びあがり、たった四カ月でアーチの天井まで這いあがってしまった。

憲兵隊本部が長謙さんの頭を叩いたりしなかったら、この蔓薔薇はこんなところで花を咲かせることはなかった。かよわい身体で〈仏蘭西一周〉の自転車競走に参加し、死ぬ思いで日本のために気を吐いた感傷的愛郷者を〈マックァサー将軍〉のほうへおしやったのは、けっきょくのところ九段坂だということになる。

ところで薔薇はいるが、人間はいない。遊戯室といっている庭に突きだしたラウンジの横の入口から入って、コージイ・コオナア、家庭食堂、図書室、ヴェランダと見てあるいたが、誰もいない。いまごろの時間には七・五ミリの機銃弾で肺を貫通された六右衛門さんが、外気室にしているヴェランダのデッキ・チェヤに長くなって本を読んでいるんだが、そのひとさえそこにいない。〈マックァサー将軍〉の件がまた誰かに密告され、薔薇の花憲兵隊事件のむしかえしでもやっているんじゃないかと心配になってきた。

最後に酒場へ行ってみると、わが四代目クラブの万能選手、執事兼家僕兼コック兼バアテン兼給仕兼運転手兼その他いろいろの詫間が氷を割ってレモン・スカッシをつくっていた。

「詫間さん、四代目クラブは死に絶えてしまったの。それとも解散したんですか」

「みなさん、昨日からずっと扇ヶ谷にいらっしゃいます」

「満寿子さん、どうかしたの」

詫間は出来たてのレモン・スカッシのコップをわたしながら、おどろいたようにいった。

「へえ、ごぞんじなかったんですか」

満寿子さんは例のむずかしい〈三角関係〉の解決がつかなくなり、クラブ宛の長い書置きを書き、終戦のご詔勅の放送を聞きながら、へんなものを飲んでしまったんだそうだ。

満寿子さんのばあやは乃木大将夫人に使われたことのあるしっかり者で、ご放送がすむと、満寿子さんの部屋へお祝いをいいにあがって行った。

「こん日は辰の日で、よろず新しく立つといういい日でございまするから、こんじつ以来、日本もいい運に向いてまいりましょうでございます。おめでとうございます」

そういってお辞儀をしたが、満寿子さんは口から蛍の光のような青白い息をだしてだまっているので、ばあやは気がついて、大いそぎで卵の白身を八つとか十六とか飲ませ、へんなものを吐きださせた。終戦の八月十五日は、旧教国では五大節の一つになっている〈聖母昇天祭〉の祭日にあたるので、カトリック教徒の満寿子さんは、聖母マリヤと同伴で昇天する予定だったらしいのに、ばあやがよけいなお節介をしたばかりにとうとう天国行のバスに乗り遅れてしまった、というようなことだった。

あたしが扇ヶ谷へ駆けつけたときには、おばあさまが附添って病院自動車で聖路加病院へ送られるところだった。

「満寿子さん、形見をくれるつもりなら、ルロンの黒い馴鹿のハンド・バッグたのむよ」

と怒鳴ったら、わかったとみえて笑いながらうなずいた。

Chapter 2 of 10
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