Chapter 1 of 5
一
復興局の一技師の手が、大東京市の地図の上に、縦横に朱線をひいていく。個人の既得権も利害関係も、センチメンタルな詠嘆も、すべてを無視して、彼のペンは気まぐれに地図の上を、走っていく。
○○山の切り通しの上の、四十坪ばかりの土地を、天にも地にも、たった一つの財産として父祖幾代の昔から受けついできた、玄療院の屋敷も、無慈悲な都市計画の犠牲となって、市の中央へ通ずる放射線の道路新設のために、半ば以上切り取られることになった。
この都市計画案が発表されてから、玄石は急に憂鬱になった。子供の時に、盲目になった彼は、このささやかな父祖伝来の財産を、少年時代の思い出で、十重二十重に包んでいた。彼にとっては、それが全世界だった。狭い家の中の様子はもとより、庭内の一木一草に至るまで彼の死んだ網膜の底に、二十年前のままの新鮮さをもって、焼きつけられていたのだ。
彼の視覚に残っている記憶は、ただこの四十坪の世界だけだった。それは無限に複雑な色彩をもって、二十年一日のように彼の眼底に保存されていたが、その他の世界は、彼にとっては一様に灰色だった。
若干の賠償金を、手に握らされて、その代わりに彼は、いま全世界を失おうとしているのだ。放射線道路の縁端は玄療院の玄関から、茶の間を横ぎって斜めに南の方へ突きぬけることになっていた。
既にこの頃では、人夫の声や、鶴嘴の音や、トロッコの響きなどが崖の下で聞こえる。土の崩壊する音を聞くたんびに、彼は彼の世界が、いや彼の生命そのものが崩壊していくように感じた。彼は、稼業の針按療治にも手がつかないで、榊の生垣のそばにつっ立って、世界の崩壊する音を聞きながら、吐息をついていることが、毎日のようだった。