Chapter 1 of 1

福士孝次郎

フランス中部の或る都市の

とあるお家の鳥籠に、

たつた一と言口眞似の

出來る鸚鵡が飼はれてた。

出來るといふのは他でもない、

誰れかゞ籠に近寄ると、

すましかへつて大風に、

叱つていふのは次ぎのこと――

誰れだ、そこにゐるのは?

誰れだ…?

ところで或る日籠の扉を

うつかり女中が開けたとき

得たりと鸚鵡は逃げ出して

早速庭の木にとまる。

呼んでも籠へは歸らない、

傍まで行くと例の聲

誰れだ、そこにゐるのは?

誰れだ?…

それから森へ飛んでゆき、

櫻實なぞ啄ついた。

森は胡桃が花盛り、

莓は藪に熟れてゐる。

天氣はよいし、人はゐず、

鸚鵡は愉快でたまらない。

さてこゝに一人の百姓さん、

鐵砲かりて獵に出て、

森を朝からさまよつて

見つけたものはこの鸚鵡。

『ホウ!』と思はず喜んで、

銃とりあげて忍び足、

獲物目がけて近よつて、

銃のねらひをつけかける。

すると鸚鵡は氣がついて

例の言葉を云ひ出した

誰れだ、そこにゐるのは?

誰れだ?…

呆つ氣にとられて百姓は、

聲する方を見まもつた。

この百姓はその日まで

鸚鵡といふもの知らなんだ

こんなに上手にものをいふ

鳥に出あつた試しなし

誰れだ、そこにゐるのは?

誰れだ?…

そこで段々怖くなり、

鐵砲は手からずりおとし、

帽子をとつて丁寧に

お辭儀したあと言ふことは、

『いや御免ください、わたくしは

貴方を鳥だと思ひました。』

そして鐵砲をひろひあげ

もと來た路へと逃げ出した。

鸚鵡はこれで大得意、

一日森をば飛びまはる。

(了)

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