一
数年まへの春、木曾へ旅したときのこと。落ちつく先は、奈良井にしようか、藪原にしようか、とちよつと気迷つたのち、――まづ、鳥居峠を越えて、藪原までいつてみた。いい旅籠でもあつたら、とおもひながら、お六櫛などをひさいでゐる老舗などのある、古い家並みの間をいいかげん歩いて、殆どもうその宿を出はづれようとしたとき、一軒、それを見るなり矢張あつたな、とおもつたやうな、昔なつかしい家作りの、小さな旅籠があつた。
其の夜の泊りは其処にきめて、ともかくも、その宿のはづれまでいつてみた。すぐもうその先きは鳥居峠にさしかかるらしい、その宿はづれには、一本の大きな梨の木が立つてゐた。その花ざかりの木を前景にして、そこから見下ろされるまだ春浅い谷間を、私はいかにも此処まで来たかひのあつたやうな気がしながら、しばらく眺めてゐた……。
夜、うすぐらい炉辺で、その宿の娘が串にさした川魚を焼いてゐた。その傍へいつて、私もその炉の火にあたらして貰つた。その魚の名を聞いてみたが、なんだか覚えにくい名で、私はすぐ忘れた。もつとも、つまらない魚です、と娘も云ふには云つてゐたが……。そのかはり、秋、鶫のとれる時分に是非いらしつて下さい。その時分には、よく東京のお方がお見えになります、といふ。
「ものなど書く人もたまには来ますか?」と私はきいてみた。
「はい、いろんなお方が……」娘はいたつて口数が少ない。そこで私はもう一度きく。
「どんな人?」娘はちよつと考へてゐたが、まづ一番さきに、「津村信夫さん……」といつた。
私はおもはずにつこりとした。――実はさつきから、私も、こんな話を宿の人たちと交はしながら、こんな煤ぼけた炉のまへに胡坐をかいてゐるのは、自分なんぞではなくて、津村信夫だつたらさぞ似合ふだらうに、と思ひ描いてゐたところだつたのだ。……