一
ようやくロンドン最大の問題が解決したようだ。交通の不便が解消された。もう一等乗客も、その十四倍もの三等乗客も、受難者同士、通勤に難儀しなくなった。
もはや特定の郊外に人気が集中することはなく、陸の孤島もなくなった。後者はシティー到着までロンドン・スウィンドン間の急行列車と同じくらい時間がかかる。
サービトンより通勤時間が短いという理由で、ブライトンに住む愉快な奇策は無くなった。地下鉄がすっかり解決してくれた。
ロンドンの地下には少なくとも十二本の隧道が縦横に走っている。隧道は充分換気され、客車は明かりがこうこうと輝き、配管はきっちり整備、管理されている。
一日中、駅構内は明るく、乗客があふれている。真夜中に近づくと運行が減り、午前一時半頃、最終列車が出る。終夜営業運転はまだだ。
いま完全に静寂になったのが、明かりに照らされたトンネルの心壁。ボンド通りとセント・ジェームズ通りに埋設され、路線を形成し、テムズ川の下を潜り、ウェストミンスター橋のそばを通り、ゴミゴミしたニューイントンやウォルワース地区に至る。ここで屋根の一部を修理中だ。
トンネルの心壁があかあかと照らされている。霧や闇の気配はない。電気を普通に使うようになって、ロンドンの暗闇が大分減った。
いまや電気モーターがほとんどの工場や現場で使われている。従来通りガスも消費されるが、基本的に暖房用と加熱用だ。電熱器や電気調理器はまだ普及していない。それも時間の問題だ。
青いアーク灯の炎に照らされて、十数人の男たちがトンネル心壁の天井で作業している。頭上の水道管になにか不都合が起こって、綱帯を巻いたコンクリートがひび割れ、水分が鋼帯を腐食し、大きな穴があいて、もろいコンクリートがレール上に落下した。一緒に天井の一部も崩落した。その結果、大小様々複雑な配管が露出している。
新米の職人が親方に言った。
「オルガンの舌みたい。あれは何ですか」
「ガス、水道、電灯、電話の管だ。誰が知るか。ここが分岐だ」
「切ったら面白いでしょうね」
と新米職人がニヤリ。
親方はしれっとしている。むかしは腕白坊主だった。現場は予想よりずっと大仕事に見えた。大部隊に仕事を引き継ぐまでに塞がねばならない。新米はまだ管の束を眺めている。水道管を切ってトンネルを水没させたらどんなに面白いことか。
一時間で足場組立が終わり、残骸を取り除いた。明日の夜、大部隊がやってきて、コンクリートをうち、天井に綱帯をとりつける。地下鉄は無人だ。まるで光り輝く空洞のように見え、あちこちでまばゆい光源に照らされている。
しんと静まり人気がない分、大きな石が落下した為、地下鉄内にドーンと反響した。配管にひびが入り、管の一部が少し破れ、電気配管を押しつぶした。もつれた電話線の束が出てきた。衝撃で電線が切れてパチパチッ。青い火花がピカッと走り、たちまちトンネルが真っ暗になった。どこかで短絡している。
でも大したことはない、というのも、いまは完全に運休しており、夜明けまでに運転を再開しないからだ。もちろん、通勤の早朝列車があり、コベントガーデン市場行き列車もあるが、この線は走らない。真っ暗やみの中、天然ゴムの焼ける悪臭が漂った。時間がどろ~んと過ぎた。
ボンド通り沿いの大電球が消えた。制御盤の照明も全部消えた。でもいま夜中の一時過ぎだし、大したことはない。こんな事故は整備の良好な地区でも時々起り、朝には直る。
しかしながら、ちょっと困ったことが起こった。というのもバッキンガム宮殿で公式舞踏会が進行中だったからだ。晩餐会が終わり、ふかふかのドレスや華やかな軍服が豪華な部屋にきらめいていた。ダイヤモンドの頭飾りが揺れ、光をあわく反射した。ピカピカの床はダンスの足さばきがあった。そのとき、あたかも見えざる力が電源を断ちきったかのように、照明と喧騒が消え、暗闇が緞帳のように降りた。
あまりに突然のことに悲鳴があがった。まぶしい明かりに慣れた眼にとって暗闇は漆黒であった。あたかも大惨事が起こったかのよう。だが平常心に戻ると、着飾った人々は電球切れと悟った。
直ちに指図があり、真っ暗闇に黄色い炎が点々とついた。なんと淡く、弱々しく、黄色く、揺らめく光よ。
階下の電気技師は頭をひねった。というのも制御盤のヒューズを見ても無傷だ。宮殿に関する限り、電気回路の短絡はない。おそらく電源所で事故があったのだろう。数分で修理されるだろう。
しかし、時間が経っても、きらめく光の洪水は戻ってこなかった。
チェンバレン議員が命令した。
「ろうそくの出番だ。さいわい昔のシャンデリアが備わっておる。ろうそくをつけよ」
まことに奇妙で異様な光景だった。高価なダイヤモンド、きらめく衣装、艶々のサテン生地が、ろうそくの光でかろうじて分かる。だがとても新奇なためか、大いに楽しめた。演奏中のメヌエットに、これほどふさわしいものはない。
再び同閣下がのたまった。
「先祖のような心地だ。ご先祖さまはろうそくに火をつけるとき、とうとうこれが最後かもしれないと想像されたと思うね。ジョージ卿、外も同じ真っ暗かな」
ジョージ卿が笑った。庭から戻ってきたばかりだ。
「斑ですよ。見たところ、ロンドンは一部明かりがついていますね。ちょっとした停電だといいですが。ところで、あの時計は正確ですか」
「朝の四時半だ。正確だよ。今年のこの時間にしては暖かいな。地下から何かゴロゴロというような音が聞こえないか。あれは何かな」