一
もはや日暮れであった。濶葉樹のすき間にちらついていた空は藍青に変り、重なった葉裏にも黒いかげが漂っていた。進んで行く渓谷にはいち早く宵闇がおとずれている。足もとの水は蹴立てられて白く泡立った。が、たちまち暗い流れとなって背後に遠ざかった。深い山気の静寂がひえびえと身肌に迫った。
ずいぶんと歩いたのである。道もない険岨な山を掻きわけて登り、水の音を聞いてこの谷に降りて来た。藪と木の根を伝い、岩をとび越えまた水の中を押し渡り、砂礫を踏みつけた。午食を使って間もなく、踏みぬいた草鞋を履きかえた。次第に狭ばまり細くなる流れを逆にさかのぼっていた。この尾根を越えてしまえば目ざしている土地に出ることが出来るであろう。出来るはずだ――と云うのであった。まだか、まだ来ぬのか――と彼らの心はどこか隅の方で叫んでいた。口には出さなかったが、脛から腰にかけての、この硬ばる疲労はどうすることも出来ないのである。
たのみにするのは四五間先を歩いている案内人であった。早急に思い立った踏査に、取りあえず、大急ぎで雇い入れた附近の土民であった。
――それほど狼狽していたのだ。辛うじて許可を得たその土地では開墾の見込みが立たなかった。前の年の経験が痛々しいのだ。携えて来た種子は何ひとつ実らなかった。風土の変化ばかりではない。赭い土はざらざら手から洩れ、冷たい風が終日海から吹きあげ、針葉樹も満足に育たないような荒れ地であったから。彼らの顔に浮ぶ不安と動揺は見のがせない。ようやく納得してやって来た最初の年のことなのだ。祖先の地を追い立てられて、こういう方策を取らなければならなかった彼らは、ともどもに哀しい境涯であった。それ故に、一切の将来を政府の誠意に任せて信じていたのだが、これは余りに惨酷な酬いであった。
これでは仕方がない。
しかし、こうしてくれと云う要求も出せない破目になっていた。それもまた、みんな承知している。云わば敗れたものにあたえられた窮命である。にも拘らず、だからどうにかしなければならぬと云う悶えも胸を去らなかった。はじめて知る長い冱寒の雪に埋れてそれを考え、それを相談した。いまだに贖われないほどの罪科を犯した自分らであったろうか。――内心の不平は、思いあまった人々の眼を血走らせるのであった。
それを宥めて、もとの家中の重役にいた阿賀妻は、とにかく、春の来るのを待っていた。日本海の水が緑を帯びて、日毎に南の風があたたかくなって来た。うっ積していた人々の気持にも季節のめぐみは一脈のやわらぎを伝えるのであった。政府の方針が開拓に向けられてるのであるならば、まだ殆んど手をつけていない濶いこの蝦夷地に、彼らの棲む恰好の土地が無いはずはなかった。蝦夷地を措いて、生きる余地はすべて塞がれた、と、そう、思いつめた彼らだ。
新たな土地を探さなければならない場合であった。
あたかも開拓使長官の一行が巡視して来た。ありのまま見て貰えばよかったのだ。どんな素人にも判然としているわるい土地であった。眉をひそめた彼らは、速やかに肥沃な土地を選定して、至急貸付けを願い出ろと諭した。
――ありがたき仕合せ、と、それを受けた。
愁眉をひらいたのである。思わず頭を低げてしまった。
その様子をじろじろと眺めていたのが玉目三郎であった。
馬に乗って遠ざかる彼ら支配者を海岸路に消えるまで見送った。そして、阿賀妻らがほっと顔をあげたとき、彼の目に映ったのは、ひとり傲然と唇をゆがめているその男であった。彼の肩先がどういう考えを現わしているか、聞いてみるまでもなかった。この集団移住を率先してひきいている彼らの主君がそこにいなければ、口を極めて罵ったかも知れない。――云うまでもなかった。憐愍をあたえるような態度で土地選定を慫慂した馬上の男は、ともに天をいただかずとした薩派系の人物であったことだ。しかしそれも、時と所が変っていた。前途をきり拓こうと腐心している阿賀妻らの態度と、それを不甲斐なく見るもののあるのも是非ないことであろう。
はげしい時代の動きは、家中の地位によって概ね二派の意見を醸すのであった。陰に陽にあらそいながら、行くべきところに行き着きかけていた。そういうところへひょっこり現われた一つの躓きが、沈んでいた反目をまたしても掻き立てるのである。玉目三郎の不満げな態度がそれを代表していた。お互いの心をすみずみまで知っているのは旧主であった。家中のものは彼の顔色を注視した。――裁断を待つのである。
古く泥んだ仕来りによって、「殿――」と仰がれていたその人の胸のうちほど複雑なものはあるまい。痩せた土地を投げつけるように与えられ、じっと我慢していた彼らの気持の大根には、こういう旧主の心遣いが貫ぬいていたのである。沮喪した家中のものと共に、生きもしよう死にもしようと、両肌を脱いだ彼の決意を蔑しろにすることは出来なかった。
彼もまた、「ありがたい仕合せ」と挨拶をした。
屈服であったが、それもまた止むを得なかった。
それでは――と、移住計画の主事に任ぜられていた阿賀妻の胸にひらめいたのは、トウベツという土地であった。既に松浦武四郎踏査による地図によって先頃からひそかに調べておいたものであった。広袤百里、樹木鬱蒼たりと聞き伝えた平原であった。そこを灌漑する川は沼から来る川の意味によって、トウベツ河と名づけられていた。間もなく合するのは大いなるイシカリ川。流れ下った河口の海港に達するまで、この間はおよそ六里半か。河舟による交通や運送も不可能ではあるまい。
せまい開墾小屋の外まで居ならんだこの家中は総勢四十六人である。髷を切ったものも相当あったが、脇差だけは離し兼ねていた。こういう悲惨な姿で、こういう目的のために寄り集まろうなどと五年前の彼らは夢に見たこともなかった。小屋小屋の軒や戸口では、女子供らがしのび泣くのだ。
それは明治四年の旧五月四日であった。
梅雨の来ぬ間にという心づかいもあった。
阿賀妻に一切をゆだね、先ず踏査を試みることになった。指名を命じられた彼は、応急の処方も心得ている戸田老人、先ごろも行を共にした大野順平、それから玉目三郎どのにお願い申すと云った。案内人一人荷物を運ぶ人夫二人。
五月五日の早朝、方向を南東にとって出発した。絵図面の上での目測はざっと十里。山越えをして行ったとしても二日の行程で足りよう。
歩けど歩けど一向にそれらしい平地は見あたらなかった。その日は一日歩きつめた。次の日も一日いっぱい歩いた。そうして三日目になっていたのである。
ほの暗くなった谷峡は、またたく間に闇に埋められた。砂の上に立った阿賀妻は、前に行く案内人を呼び止めた。
「おい、ちょっと待て」
次第にこの案内人に信用が出来なくなったのだ。第二に彼が頼みにしていたのは磁石であった。図面はこの案内人も云う通り、奥にはいれば想像で描かれている不完全なものであった。あとは自分の直感に頼るだけである。
「どういうことになっているんだ?」とつづけて云った。
「それを、あッしも今考えているところだ」
「なに?」
後のものは、そこの渓流をこちら岸に横切っていた。彼らの脛で掻きまわされた水がじゃぶじゃぶと音立てて案内人の言葉を消してしまった。
「待て!」と阿賀妻は珍しく険しい声で云った。
相手はそれを予期していた風であった。いくらか猫背になった道案内は、五六間離れたむこうの岩に立って首をすくめていた。倒れ込んだ巨木の幹が間を隔てていた。うす闇の中に身をちぢめた彼は小さくなって次の言葉を待った。
「戻って来い」
思った通り、今度は取りひしぐような強い声であった。ごつんと膝頭をぶっつけた彼は、あたりに木魂した声を遠く聞いて、ふるえ声で答えた。
「戻るには戻りますが」
「どうなさいました」と、中年の大野が笠の緒をゆるめながら訊ねた。
「方角がちがうようだが」
「そうですか」
「ちがいましたかな」と、戸田老人はふところを探った。図面を取りだしたのである。
「どこを案内しよったのでござりましょう、あいつめは」
そう云って、きっと眼をあげたのは玉目三郎であった。二言目には脇差に手がかかった。
「斬るぞ」
「まあ、まあ」
岩の上に立ちすくんでいた頬かむりの男は、枯れ枝の先をつかんでおそるおそる向き直った。疲れた人夫らは湿った砂にべったりと腰をおろして背負繩をずらした。煙管を咥え、かちりと打った石の火がぼッと赤らんだ。
四人のものは額を集めていた。阿賀妻の掌にある磁石の虫に見入るのだ。汗ばんだ硝子の底でぴくぴく動いている磁針に目をおしつけて行った。
おもむろに老眼鏡を取り出して戸田老人が云った。
「なるほど、これでは逆の方角になるようじゃな」
「道にまよわしよったな、貴様は――」
そばに来ていた案内人は玉目の声に一足とび退った。
「それでもう、さい前からいろいろくふうして歩きましたが」
「くふうとは何じゃ?」と阿賀妻が云った。
「へえ、つまり、その」
「貴様――いつ、その地に参った」
「一昨――その前の年でしたかな、あれは何でも、兵部省とかの仕事で」
「季節はいつじゃ、夏か冬か?」
「それが冬で――」
「冬ウ?――」と阿賀妻はうなった、「しからば雪のあるときじゃな」
「つまりそう云うわけで」
「この方面に相違ないか」
「――と、そう思ってご案内いたしましたが、こう山の中にはいり込んで、こう草木がしげっていたんでは、皆目見当もつきませんで」
「ばかッ!」
「へえ」
「しかし、われらにも落度はあるというもの――」と、阿賀妻は仲間のものに向きなおった、「ここらで夜を過して、明日はまた明日の日を待たずばなりますまい」
「どう致しましょう」
崖の下にその男を追いつめていた玉目三郎は、阿賀妻をふりかえってそう云った。星明りに彼の瞳が白く光った。指示を受けるように、彼がどうしましょうとたずねることは、この曖昧な男の成敗を意味していた。一図に彼は思うのだ――大切な彼らの一両日を踏みにじってしまった、と。それはまた彼の若い心に消えていない硬論のなごりでもあった。思いは他の三人の胸にも通じていた。それを喰いとめて、た易くは爆発させ得ない年齢の垣が出来ていたに過ぎない。むしろ、同じ思いを胸にひそめて、ふきあげる激しい意志をこのような未開の地に捻じ向けたのである。主家の安泰ということが第一であった。
その理屈が判らぬ玉目三郎でもなかった。主家の安全のなかには、おのれ自身の安全も含まれていたからである。おのれの主君とは一つの囲いの中に棲んでいた。殊にそれが、先祖の位牌を譲り受けた戸主にとっては退引ならぬきずなであった。
「放っときなされ」と戸田老人が低く云った。大野順平も笑って云った。
「むしろ刀の錆でござろう、われらの斬らなければならぬものはこんなものではありませなんだ」
「人夫ども!」と阿賀妻は、そういういざこざから話を避けて、煙草をふかしている男たちに云った、「何分とも空腹を覚える、先ず火を焚かずばなるまい、飯を炊いて貰いたい、明日のために身体を養わずばなりますまい」
「この場所で?」
「結構結構――」と阿賀妻はあたりを見まわした。選り好みはなかった。野宿の心を決めていた。