(一)森林の效用
(イ)洪水の豫防。
森林とは山や丘の一面に、こんもり木が生え茂つて、大きな深い林となつてゐる状態をいふのです。われ/\の遠い/\最初の祖先が、はじめてこの地球上に現れたころには、森林は、そのまゝ人間の住みかでもあり、また食べ物の出どころでもありました。たゞ今でも馬來半島のある野蠻人種は、木の枝の上に家を作つて住んでゐますが、これなどは、今言つたように、人間がぢかに森林の中にゐた習慣が殘り傳はつた面白い一例です。ともかく大昔の人間は、森林に住んで、草や、木の實や、野獸や、河の魚などをとつて、生のまゝで食べてゐたもので、ちょうど今日の山猿のような生活をしてゐたのです。
それが、だん/\と人口がふえ、みんなの智慧も開けて來るに從つて、やうやく火といふものを使ふことを知り、食べ物もたり燒いたりして食べるようになり、また寒いときには木を燃してあたゝまることをおぼえたのです。つまり薪や炭の材料として森林を利用するようになつたわけです。それに、また一方では人口の増加につれてこれまで食料にしてゐた草や木の實もだん/\足りなくなり、それを補ふために畑をこしらへて、農作をする必要がおこるし、同時にまた野獸も、しだいに少くなつて來たので、牧畜といふことをしなければたちいかなくなりました。その農作地と牧場とを作るためには森林の一部分を燒き拂ひ燒き拂ひしました。ですから彼等のゐる村落附近の山林は、後にはだん/\に狹く、まばらになつて來て、つひには薪の材料にも不足するようになりました。
なほ人智がいよ/\發達し人口がどん/\増すにつれて、最後には奧山の木までも伐つて家屋、橋梁、器具、機械、汽車、電車、鐵道の枕木、電信、電話の柱といふように、建築土木の用材にも使ふようになりました。それから、大きな木材から細かな纎維をとつて紙をこしらへたり、その他にも使ふようにもなり、最近では人造絹絲の原料にも澤山の木材を使つてゐます。こんな風に薪炭用、建築土木用、木纎維用等のために森林はどん/\伐り倒され、深い山、ふかい谷底の森林までがだん/\に荒されるようになりました。かうなると大雨が降るたびに、山の土や砂はどん/\流れおち、またおそろしい洪水がおこるようになりました。
日本では明治維新の後、森林をむやみに伐つた結果、方々で洪水に犯され、明治二十九年度には二萬九百八十一町村といふものが水につかり、一千二百五十人の死人と二千四百五十人の負傷者を出した外に、船の流失三千六百八十隻、家の流れたり、こはれたりしたのが七十二萬九千六百餘棟、田畑の荒されたこと七十八萬五千餘町に上り、そのほか道路の破損、橋の流れおちたもの等を加へて、總損失一億一千三百餘萬圓、その復舊費二千四百餘萬圓を入れると合計一億三千七百餘萬圓といふ計算でした。つまりその年、日本が外國へ輸出した總額の一億一千七百萬圓よりもまだ遙に多くの金額だつたので、人々はみんな洪水の大慘害には震へ上つたものです。
かうした恐ろしい洪水はどうして起るのかといへば、それはむろん一時に多量の雨が降つたからですが、その雨が洪水になるといふそのもとは、つまり河の水源地方の森林が荒されたために、雨水を止めためておく餘裕がなくなり、降つただけの雨水が一どに流れ下つて、山にある土や砂を河底に流し埋めるために、水の流れかたが急に變つて、あふれひろがるからです。
よく茂つてゐる森林では、降つた雨の四分の一は枝や葉の上にたまつて後にだん/\と蒸發します。そして殘つた四分の三の雨が葉から枝、枝から幹へ流れて、徐々に地面に落ち、そこにある落ち葉に吸ひ取られるのです。實際の試驗によると松の落ち葉は、その目方の五倍分の水をたゝえ、たもつことが出來ます。ですから、一貫目だけの分量の松の落ち葉は、五貫目の水を含むことになります。なほ松より外のいろ/\な雜木、苔類は七倍も十倍もの雨水を含みためることが出來ますから、森林ではかなりの大雨があつても一時に洪水を出すことはなく、雨水は數日かゝつてそろ/\流れ出し、また地中にも多くしみこみます。だから山に森林が茂つてさへゐれば、決して洪水の出る心配はないのです。
(ロ)水源の涵養。
森林はかように雨量を調節することが出來ると同時に一方では水源の養ひとなり、河水の涸れるのを防ぎます。くはしくいふと森林の中は比較的濕氣が多く、温度も低く、木が茂つてゐますから、水分の蒸發することも少い。またさきほどお話したように、落ち葉や、苔類が水を多く含み、したがつて、地中にも多量の水分をしみこませますから、たとひ旱天が久しく續いても森林はその保つてゐる水分を徐々に流し出し、河水が涸れないことになるのです。
かういふわけで、森林は洪水の害を防ぎ、河の水を不斷に絶えず流し、水田をもからさないといふ點で、土地を安全に保つてくれる效用があることがわかつて來たので、以來はじめて森林を保護して育てるようになり、なほ國土の保安のために森林の一部を『保安林』といふものにして、永久に伐らないで置くようにもなつたのです。
温根湯の國有林
その保安林だけでは、そこから流れ出す河川の流域一帶の人々が利益をうけるといふのみで、これだけではまだ完全に一國民全體が森林を利用してゐるとはいへませんでしたが、ついで現れて來た水力電氣そのものはすべてこの都市村落の燈火や、いろ/\の動力にも利用せられ、電車、電信、電話、電燈、工業用機械動力をはじめ、朝夕の炊き、すとうぶや按摩、行火の代りにまでも用ひられるようになり、今日では人間の生活上電氣は寸時も缺くことの出來ない必要なものとなりました。その水力電氣の水源は森林によつて、はじめて完全に養ふことが出來るのです。それで、今では特に山岳地方の森林は、一ばんにはこの意味の水源を養ふのに利用され、建築土木用の木材や、薪炭材料等をとるのは第二とされるようになりました。
(ハ)精神の保養。
しかし、ずっと最近では、森林の利用を、もっとすゝめて、直接に人々の健康のために應用することを考へつきました。大部分の人が生活してゐる都會は、狹い土地に大勢の人が住み、石炭の煤煙や、その他の塵埃でもって空氣がおそろしく濁つてをり、また各種の交通機關が發達して晝夜の分ちなく、がた/\と騷々しいので、都會に住む人は、體が弱くなつたり病氣をしたりします。それで時々は自然の森林に遊んで、すがすがしい空氣を吸ひ、精神を保養する必要があります。都會には大小の公園も設けられてゐますが、そんなものは完全な安靜場所といへません。どうしても町を遠く離れた美しい自然の森林へ出かけるに越したことはないのです。この意味で近來、休みを利用して各地で開いてゐる林間野營や、それから山岳旅行などはまことに結構なことです。お互に身體が丈夫でなければ何事も出來ませんから、新しい空氣の呼吸と、十分な日光浴と、運動とによつて食物をうまく食べることが一番大切です。これがために運動や、競技や、登山など家の外で生活することがはやり、ひいては森林を世人の休養、保健のため利用すること、つまり森林を公園として利用することが盛んになつたわけです。
以上で森林と人との密接な關係、人間が昔から森林をいろ/\に利用して來てゐるお話をしました。この外にも森林は人間の生活にいろ/\の役立ちをしてゐます。
(ニ)氣候の調節。
山に木が茂つてゐれば、氣候の調節をはかることが出來ます。森林でおほはれてゐる土地は、日光は枝葉で遮ぎられて、地面を温めることが少いのと、もう一つは、日光が直射によつて葉の面の水分が蒸發するときに、多量の潜熱を必要とします。潜※といふのは物體が融解したり、また蒸發するときに要する※量です。そんなわけで森林の附近の空氣はいつも冷えてゐます。ちょうど夏の暑い日に、庭前に水をまけばにわかに涼しさが感ぜられるのと同じりくつです。しかし、夜になると森林は、枝葉で土地をおほつてゐますから、その地面と空氣と、※を放散するのを妨げるので、そこの空氣は冷え方が少いことになります。
かうして林の中の空氣は、常に林の外と比べて、晝間は涼しく、夜間は温かで、從つて晝と夜とで氣温が急に變ることを和らげます。そして同じわけで、夏を涼しく、冬を暖かくして、一年中の温度の變化を調節します。
(ホ)雪なだれと海嘯の防止。
それから前にお話した洪水の豫防や、水源の涵養のほかに森林は雪國ですと『雪なだれ』の害を防ぐことも出來ます。雪なだれとは、傾斜地に積つた雪が、春暖かくなつたために、下側の地面に氷結した部分が急に溶けるのでもつて、急に滑り落ちるもので、そのために山麓の人畜、農地、道路等を破損し、土砂、岩石等を落して、恐ろしい害を與へることがあります。これも森林があれば雪が急に溶けませんし、たとひ、おちた雪も樹幹で支へられるので、なだれがおきないですむのです。
また森林が海岸にあれば、天災中の、恐ろしい『海嘯』の害も少くなります。かの明治二十九年の三陸地方の海嘯の被害區域は長さ百五十まいるにわたり、死者二萬二千人、重傷者四千四百人、家や、船の流されたもの、農地の損失などで損害總額は數千萬圓に上りました。こんな海嘯などは、到底人間の力で防ぎ止めることは出來ませんが、しかし、もし海岸に浴うて帶のように森林があれば、非常な速力でおし寄せてくる潮水の勢を殺ぎ、從つて慘害も少くなる道理です。
かういふ風に、森林の效用を上げれば限りもありません。ところで日本にはかういふ大切な森林がどのくらゐあるのかといひますと、日本中の森林面積は總計四千三百九十二萬町で、實に日本の土地の總面積の六割四分をしめてゐます。これを國民の頭割りにして見ますと、一人につき平均五反五畝五歩に當ります。即、皆樣が五反五畝五歩の森林の中に一人づゝ住める勘定です。
もと/\山には、高い山、低い山、滑かな山、嶮しい山とさま/″\ありますが、日本でも、どれにも、はじめは、自然に木が茂つてゐたのです。もっとも、富士山や日本アルプス以下、すべての高山の頂き近くには、寒さが強くて樹木が育ちません。このことは後にくはしくお話します。しかし普通の山では木の育つてゐないところはなかつたのです。それが前に言つたように人間が多くなるにつれて木材がいよ/\多く必要となり、どんどん伐るため、村落に近い山の木はもとより、高い山にも青々としてゐた木が無くなつて赤い山の地はだを見せるようになつたのです。こんな赤はげ山は、山としては決して立派なものとはいへません。人間でいへば體ばかり大きくて徳も智慧もないとすれば、人としててんで品位がないのと同じです。たとひ低い山でも木がよく茂つてゐれば、山のねうちがあつて、限りない效用をもちます。
つまり山は高いばかりが貴いのではなく、木が茂つてゐるので本當に貴いのです。そのためには、いふまでもなく、お互に十分に山を愛して、むやみに木を伐らないようにし、もし伐れば、その跡に代りの木を植ゑて仕たてることを忘れてはなりません。