Chapter 1 of 3

紀元前二百五年、始皇帝の秦は二世に滅びて、天下は再び曇り勝となつた。四隣には密雲が重く垂れ、稲妻に羅星の閃く戦国の夜は、いつになつて明けるやら、見定めもつかなかつたが、忽として頭をもたげた項羽の一睨によつて、西楚の曙は闇の帷を切り落されたのである。旌旗の翻る処、彼の行動は天馬空を征くの趣があつた。子嬰を殺し義帝を追ひ、咸陽を屠つてそれでも飽き足らず、阿房宮も焼いた、始皇帝の墓も発いた。さうして自ら立つて彭城の春を縦まにした。

ある日の事であつた。項羽は無聊に堪へ兼ねて高殿の勾欄から、無辺に霞む遠近の景色を眺めて居た。あたゝかい小春日の日光に、窓下の梧桐の葉末までが麗はしく輝いて見えた。

「日は限りなく輝いて空には一点の曇りさへ見へぬ。彭城千里は野辺の草まで朕に従つた。朕の威力の及ぶところは、一縷の煙さへ逆はぬ。」

項羽は侍臣を顧みて哄笑した。

「仰せの通りに御坐りまする。陛下の稜威は四海の果迄輝いて居りまする。」侍臣はかう奉答して恭しく一揖した。

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