一
僕はね、親父たちが何といつたつて、キエ、お前と、結婚するよ……。
三千雄は、はつきりと、いく度もキエの手をとつて、さうはいつてゐたものゝ、キエは、里にかへつて日が経つにつれて、哀しさといふほどのこともなく、むしろ苦笑に似たものを感じた。何か、もう、断ち難い関係でもがあるかのやうに、三千雄の親たちが騒ぎ出したので、キエは自分から先に暇をとつて里に戻つた。自分は女中なのだから――とおもへば、親達の騒ぐのが、至極当然であり、三千雄の考へなんか、まるでまだほんの子供なんだから――とキエは、自分が男よりもたつた一つだけ齢上であるといふことから、三千雄の駄々を慰めるやうな立場になつてゐたせゐか、いつの間にか何かにつけても自分が一つ端のおとなしい考へを持つやうになつてゐるのが、吾ながら尤もらしく、ふと、可笑しくなることさへあつた。これがもし、三千雄があべこべに齢上で、あつたら? とおもふと、自分だつて男に甘える心持だつて起つたらうに――キエは、そんな途方もないことを考えると、急に胸が息苦しくなつた。慕ふとはいひきれないまでも、やはり自分は余程、三千雄を好いてゐるには違ひない……キエは、夜になると、やはり、そんなことを考へ、いつそ滅茶苦茶に引ずり回してやらうか――などといふ悩ましい妄想に駆り立てられもした。
ハネ釣籠の井戸端で、キエは麗らかな朝陽を浴びながら洗濯の音を立てゝゐた。両親も兄達も野良へ出かけて、キエは毎日別段、特に留守番の必要もない家だが、手伝ひに出ると、近所の若者どものからかひが煩さかつた。それも、調子を合せてゐれば何でもないわけなんだが、淫らなことを口にしてはゲラ/\と嗤つたり、ふざけたりするのが、前にはそれほどでもなかつたのに、ちかごろは何うも堪まらなく退屈だつた。
「キエのアマは、町から帰つたら、おつに器量でも鼻にかけてゐる見たいに、済ましこんでゐるぢやないか。大方、町に、生白い男でも出来たづら!」
そんなことを聞くと、キエは、三千雄に余裕あり気な態度ばかり示して来た自分が、つまらぬ慎しみであつたやうに思はれ、さうよ、可愛い男があるんだよ――とでも突き返してやりたくさへなつた。
「……つまらぬことを――何て、まあ、自分は馬鹿な女だらう……」
キエは、飛んでもない/\! と呟きながら、つまらぬ夢はいつしよに洗ひ落して了はうといふやうな力んだおもひで、せつせつと洗濯物をもんでゐた。ハチスの生垣から、まだらな陽りが射して、盥の水には仄かな温みがあふれてゐた。