Chapter 1 of 3

久しい間辺卑な田舎で暮した上句なので、斯うして東京に来て見ると僕は、何を見ても、何処を訪れても、面白く、刺戟が爽かで、愉快で/\、毎日々々天気さへ好ければピヨン/\と出歩いて寧日なき楽天家だ、金貨だつて? そいつはまあ無い日の方が多いけれど、無ければ無いで公園を散歩する、スポーツを見物する、友達のところからオートバイを借りて来て矢鱈に街中を駆け廻つて、気分を晴し、同時に見聞を広める……。

「厭々々々! 公園の散歩なんては决してお供はしたくないわ――」

芝居を観る、活動を見物する、銀座を歩く、酒場を飛び廻る、議論を戦はせる――マメイドなんかに手紙を書く暇なんて決してなかつたのだ――。

「いゝえ、そんなことは何うでも好いのよ、あたしが聞きたいのは――今日はお金持なのですか? といふ一事だけ……」

「メイちやんは、何といふ馬鹿な、可憐な馬鹿者だらう。何うしてそんな事がそんなに気にかゝるのさ――公園の散歩が厭なら、銀座を歩かうよ、奇麗だぜ、店々の美しい飾り窓を見たり、見事に装ひを凝らした散歩の人々を振り返つたり……断然、そんな退屈な田舎とは違つて……」

「聞きたくないわよ。――」

「だけど今日は珍しく金貨を持つてゐるんだよ、今直ぐならば……」

「ほんとう!」

と彼女は叫びました。「パラソルと水着位ひなら買つて貰へる?」

「好い水着を見つけておいたよ。セイラア・パンツのついたやつでね、うちの細君もね、そいつをひと目見たらすつかり気に入り若返つて、あんなのを着てメイと一処に海辺で遊べる日が待ち遠しい! と云つてゐるところさ。」

「買つて/\、それを!」

「今日なら、その他に踵の高い靴も買つてやれるだらう。」

「直ぐに、この次の汽車で行くわ――」

「では東京駅で待つてゐてやらう。」

それで、その長距離電話は切れました。メイといふのは私達がつい此間まで住んでゐた寂しい海辺の村の「マメイド」と私達が称び慣れた貧しい酒屋の娘であります。私は村に住んでゐた日の限り、メイやメイの父親に少なからぬ厄介をかけたのでした。

私は屡々酒に酔ふて、メイを指差し、芝居フアウストの科白を口真似したりして、

「体は離れても魂は離れませぬぞ、マーガレツトの口唇が――」

といふところを、わざと、このマメイドの――と云ひ換へて、

「――神体に触れても嫉ましいわい。」

などゝ戯れたりしたことがある位ひ、美しい娘です。

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