Chapter 1 of 6

「傍の者までがいらいらして来る。」

私が、毎日あまりに所在なく退屈さうに碌々としてゐるので、母も、相当の迷惑をおしかくしながら、私のために気の毒がるやうにそんなことを云つた。――「折角、みんなと一処に来てゐるのにね。」

「えゝ、だけど別段、――別段、どうもね、これと云つて……せめて海でもおだやかになつて呉れると好いんだがな。」と、私はぼんやり天井を視詰めたまゝ呟いだ。

「何んのために来たのだか、解りはしないね、これぢや――」

私達が、何か少しでも保養のためを持つて来てゐるんだ、といふやうに思つてゐる母は、私の所在なげな様子を嗤ふやうに云つた。三月に、私達は父の一周忌の法要の為に戻つて以来のことである。一時あんなに仲の悪かつた母と周子が、今度は何となく表面打ち溶けてゐるのには私は、安易に思つた。私が、間に立つて彼女達から夫々相手のことを告げられるといふやうな不快さもなくなつてゐた。――まつたく何の用事も持たずに私が、周子と汽車に乗つたのは今度が初めてだつた。

私の幼児の栄一には、私の母が何時の間にか好き祖母になつてゐた。だが私は、彼が時々大声をあげて

「おばアちやん!」と叫ぶと、奇妙に五体が縮む思ひに打たれた。そして、何となく母に気遅れを感じた。尤も私は、これに似た感情は嘗て父の場合にも経験した。栄一が生れた当座、吾家の者は殆ど口にはしなかつたが他家の人が来て、

「ホラ/\、これがお前のお爺さん!」などと云つて、赤児をその祖父の鼻先きにつきつけてゐるのを見ると、蔭で私は独りで酷くテレ臭い思ひに打たれた。何となく父に気の毒なやうな気がした。――今度も、それと殆ど同じ感情ではあつたが心の底に何か澄まぬ鬱屈があつてならなかつた。前には、簡単に説明(?)することも出来たものが、今度は何か回り道でもしないと、滅入り込んでしまひさうな弱さに囚はれてゐた。幼児のことは例に過ぎない、この頃の日増に鈍さが増して行くらしい自分の感情が、家族の者などを思ふ場合などに――。

斯んなことを云ふと、私が何か忠実な家族の一員で、世俗的な何かの負担でも感じてゐる(自分ではそんな風に自惚れることもあつたが)やうだが、私のこの他人に迷惑を及ぼす程の怠惰性は生来なのである。――この頃、私は、その内容に何か理由あり気なものを蔵してゞもゐるといふ風に考へるのは、自分に対する一種の虚飾的方便に過ぎなかつたらしい。この程度の鬱屈さならば私は、子供の時分から繰り反してゐる筈だつた。

母と、十五歳になる弟と、妻と、長男の栄一と、そして年齢だけはとうに成年に達してゐる自分と――。

私は、時々何も思ふことがなくなるとそんな風に僅かな自家の同人の数を算へたりした。――五人である。そして私は、自分の彼等に対する所謂「親情」が、斯んな風に技巧的に考へて見ると、程度の別こそなかつたが、夫々何となく形ちが変つてゐることなどを、強ひて思つて見たりした。……必要もないのに、母と弟を故郷に残して自分が東京などに別居してゐることが、憐れに思はれた。――そして自分は、今東京に出て勉強してゐる学生が夏休みを得て帰郷でもしてゐるやうに、「休養」を見せかけてゐるのだ。東京にゐたつて、今だつて、自分の生活にはなんの変りもないのだ。

「つまらないだらう、これぢや?」

母は、周子を顧て笑つた。――「何処かへ出掛けるつもりぢやなかつたの?」

「…………」

周子は、困つたやうな苦笑を浮べてゐた。

「あゝ、頭が重い――」

「そんなに毎日ごろごろしてゐれば、頭だつて重くもならうさ、誰にしろ。」

「……当分、此方に居るつもりで来たんだが、もう飽き/\してしまつた。」

「自分で一軒家を持つて見ると、仲々出先きでは落つけないものさ。」と、母は何気ない好意で云つてゐるのに、私は妙に意外な感を抱いたりした。勿論私には、そんな気は少しもなかつた。――一軒持つてゐる……私は、同じ言葉をそつと胸に繰り反して寂しい苦笑を感じた。どうして又そんな言葉が母の口から出るのだらう、自分が齢だけは成年に達してゐるにも係はらず、何の点から見ても考へも行ひもそれらしくならない……そんなやうな意味のことをつい此間だつて母は、厭味らしく云つてゐたではないか?

「まつたく見てゐる方でも可成り辛いからね、思ひやりで……」

母は、尚も同じことを云つて、周子の顔を見たり、天井を眺めて仕様ことなしにあんぐりと口をあけてゐる私を見降したりした。

私は、いちいち周囲の言葉に拘泥して、いぢけた不自然な憶測を回らせたりなどしながら、我とわが身を卑屈の谷に落して行く、鬱陶しさに自ら酔つてゐるのではないか? などと思つた。

周子と結婚してから丁度五年経つてゐるが、その間、今に限らず、また母に限らず、何処に住んだ時にも私は、これと同じ言葉を常に彼女からも聞いてゐるのだ。常々のそんな性質を忘れて、何か勿体振つた鬱屈の種を私は探さうとでもしてゐるのか? 学生の時分夏休みで帰つてゐる間(夏休みには限らない、春も冬もその休暇を私は、勝手に前後を延して帰郷してゐるのが常だつたが。)やはり同じ意味のことを、母の口から、そして、その頃ずつと吾家で暮してゐた母方の祖母の口から、聞き飽きる程聞いてゐるのだ。たゞ、当時の母の小言は、今のと反対に攻撃に富んでゐた。

「朝寝坊と、ごろごろが治らないうちは貴様はとても駄目だぞ。」

祖母は、時々疳癪を起して斯う云つた。

「何が駄目なの?」

「――ツ! 加けにだんだん図々しくなつて来る、眼に見えて。」

「いくらか違つては来るだらうさ……」

普段は他人に対して変な調子の好さを持つてゐるが、昼もなく夜もなく部屋に閉ぢ籠つて呆然としてゐるやうな日が続いてゐる時には私は、他人と言葉を交して見ると余りに自分の言葉が不遜に放たれるのに、自分で一寸と驚くやうなことがあつた。

「機嫌かひ!」と、祖母は云つた。――「理窟もない時にふくれツ面をしてゐる奴は、馬鹿なんだぞ。……不平がある時は、普段よりも気嫌好くしてゐるのが当り前の人間なのだ。」

「何にもないんですよ。」

さう云つて私は、笑ひ出して急に快活になつたりした。

「もう、直ぐに嫁を貰はなければならない齢が解らないのかね。」

「…………」

祖母と父とが、私の結婚に就いての話をしてゐるのを蔭ながら私は知つてゐた。祖母達は、私の当時の怠惰が何かそんなことに起因してゐるのではないかしら? といふ風な疑ひを、可成り露骨な言葉で話してゐた。――この祖母は、五年前の春、私達の家で老衰病から高齢で死んだ。

「体にも毒だぜ。」

「そりや、……だから僕だつて、斯うしてゐながらも主に健康に就いての養生を考へてゐるんですよ。」

「年中……」と、周子は云ひかけて、生活の上では私が色々母を欺してゐることを悟つて、年中同じことばかり云つてごろごろしてゐるんですよ、何処にゐる時でも――と云ひたげなところを続けなかつた。

「ほんとうに傍の者の方が……」

「あゝツ! あゝツ!」と、私は時折傍若無人な法螺貝の音に似た溜息をついてゐた。――これから永く、この自分の傍にゐなければならない周子は堪らないことだらう、お母さんなんかこの頃別居してゐるので返つて幸せさ――私は、そんなに馬鹿気て消極的なことを思つたり、今はもう亡い幾人かの吾家の人々を幼時の自分の周囲に置いて、そのうちで唯一人眼の前に残つてゐる母を、幼時の自分にその儘結びつけて回想したりした。少しでも自分と一処に永く暮した人が、一番多くの不幸を自分の為に味つてゐる――そんなことを私は、少しも遠慮勝ちな心になることなしに徒らに洒々と思ひ耽つたりした。

私は、そつと、自分の思ひ過しか窶れた風情の窺はれる周子の横顔を覗いた。

そして勝手に私は、あのやうな生来の性質をも忘れて、近頃の――といふ風に限つて、この鬱屈の底に何か眼のあたりの事件的な起因を裏打ちしようとしてゐるのであつた。

庭の隅では、ギラギラと眼呟しい真昼の陽の中で二人の井戸掘人が満身に力を込めて、黙々と井戸を掘つてゐた。

「あと、幾日位ひかゝるんでせう。」

「ほんとうなら十日程前に仕上る筈だつたが、それでは出が薄いといふので、また後十日程続けるさう――」

「大丈夫なんでせうか。」

「あの人達は、あの通り一生懸命なんで、見る度に何だか気の毒になつてね。」

母と周子は、そんな話をしてゐた。

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