Chapter 1 of 5

有一君は四年生で、真奈ちやんは二年生です。二人は競争で、毎朝涼しいうちに、夏休みの「おさらひ帳」を勉強します。今日もやつとすませたばかりのところへ、お隣の二年生の宗ちやんが、きれいなお菓子箱をかゝへて、内庭に入つて来ていひました。

「ねえ、いゝものあげようか?」

すると二人はお縁に飛んで出て、いつしよに手を出してさけびました。

「おくれ、僕に!」

「あたしに頂戴!」

ところが、宗ちやんがその箱のふたを開けた時、二人はびつくりして手をひつこめました。箱の中には、まつ黒い亀の子のやうな、大きな甲虫が五匹も入つて、モゴモゴ動いてゐたからです。

「びつくりした! お饅頭かと思つたら、甲虫だね?」

有一君はすぐさういつて、箱の中をのぞきましたが、真奈ちやんは、すつかりおこつてしまひました。

「宗ちやんのバカ! あたし、まだ胸がドクドクしてるわ。ちつともいゝものぢやないぢやないの。そんな虫なんて、猫だつて食べやしないでせう。へんな虫! いやアな虫! こんど見せたら、あたし、たゝき落して、下駄でふみつぶしてやるから。」

すると、兄さんの有一君が笑つていひました。

「真奈、さうおこるなよ。これは珍しい虫なんだぞ。こゝへ来てよく見ろよ。まるで、陸軍のタンクみたいだぞ。こいつ、頭に鹿の角のやうな甲を冠つてるし、六本の足には釣針みたいな鈎爪をもつてる。力が強いんだぞ。――うん、いゝこと思ひついた。」

それから有一君は、真奈ちやんに、小さいおもちやの汽車や、電車や、自動車や、大砲や、タンクや、乳母車などを、ありつたけ持つて来るやうにいひつけました。

「ね、早く持つておいでよ。甲虫に引かすんだから。とつても面白いんだぞ。」

「ぢや、待つてゝ。」

さう云つて真奈ちやんが、子供部屋へおもちやを取りに行くと、有一君は女中部屋へ、甲虫をくゝる糸をもらひに行きました。

「甲虫をくゝるんですね。おもちやの車を引かすんですか。ぢや、赤い糸が、きれいでいゝでせう。だけど、甲虫はおつかなくて、なか/\くゝれませんよ。わたしがくゝつてあげませうよ。」

さういつて、十五になる小さい女中のお君は、針箱から赤い糸を出すと、有一君についてお縁に出て来ました。ねえやのお君は、自分もすつかり遊びたくなつてしまつたのです。

お君も小さい頃、よく田舎の森や林で甲虫を取つて来てマッチの箱を引かしたりして遊んだことがあつたからです。

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