講釈合戦
一
あくる晩、「小夜衣」の蛤吸物を伺ったとき、もう例の三人の旦那衆の姿は見えなかった。
翌朝早く十国峠から箱根のほうへ行ってしまったということだった。
今夜もお客はよろこんで聞いてくれ、二円近い御祝儀がもらえた。
「小夜衣」を読み終る頃までに、今松は大湯へ行く道の貸本屋でいろいろの講釈本を借り出してきて、泥縄のような勉強をはじめた。
といっても落語家のこと。
「荒木又右衛門」や「宮本武蔵」の本はいっさい、借りてこなかった。
なるべく、人情噺にもありそうな「梅若礼三郎」とか「佐原の喜三郎」とか「め組の喧嘩」とか「敷島文庫」とか、世話めいたものばかり借り出してきた。
そうして、それをいい加減にでっち直しては、御披露に及んだ。
泣かせるところや、物凄いところは、せいぜい歌うような調子で朗読的にやってのけ、お手のものの笑わせるところだけ、克明に、念を入れてしゃべった。
笑うところの少しもない噺には、特別にそうした人物をこしらえて、それを活躍させることもおぼえた。
おかげでだんだん今松は、自分で自分の芸を工夫することがきるようになってきた。
そのころ、捷報また捷報の続いていたさしもの日露戦争の講和条約が結ばれた。
「日本勝ったい」
「露西亜負けたい」
万歳万歳の声はこの狭小な湯治場にも満ち溢れ、青い青い小春の海近く、そこでもここでもハタハタ日の丸の旗は音立ててひるがえった。
ドカーンと昼花火が打ち上げられ、達磨や犬張子や軽気球が海へ落ちて、浪の間に間に沖へ運ばれていった。
この大勝利、かねてから知るところとはいえ、今こうしてほんとうに講和条約が結ばれてみると、ほんの民草のはしくれに過ぎない今松までが肩の重荷を下ろしたようで、ホッとされることはしかたがなかった。
長い長い大借金を返しつくしたときのような、なんとも嬉しい気持ちがした。
二日。
三日。
今松は、酒浸りで過ごした。
従って湯治場の景気もたいそうよくなり、おっつけ晴れて乗り込んでくる家族連れの一団体や、芸者半玉を引き連れたお大尽連が絶えなかった。
それらが素晴らしい紙幣びらを切った。
柳美館も満員満員が続いた。
今松の講釈も、毎晩、なかなかにもてはやされた。
お祝儀も二倍、三倍ともらえた。
「俺、ことによると有卦にいったかな。熱海にいるうちに講釈で大看板になっちまうかもしれねえぞ」
ホクホク顎を撫でていた。
ところが一日思いがけない事件が降って湧いた。
二
裏山の蜜柑が小さな青い実を見せてきた頃、隣の真々館へも講釈師がやってきて、それが毎晩お客を集めて一席伺いはじめたのである。
それは別になんでもないことであるが、人情として真々館の番頭は、
「うちの先生は修羅場がいいんだ。それに金襖物もたいしたもんだ」
こう言って自分の家の先生を賞める。ところが柳美館の番頭はまた番頭で、
「そりゃ修羅場はお前んとこの先生が巧えかもしれねえけれど、端物ときたらうちの先生にかなうもんけえ」
こう応酬する。
この双方の身びいきは、日一日と烈しくなっていって、とうとうしまいに、
「よし。じゃ、お前んとこの先生の修羅場が巧えかうちの先生の端物が巧えか、二人会てえ奴を願おうじゃねえか」
こう言い出したのは、気短の柳美館の番頭だった。
「いいとも。待ったなしでお願い申さあ。その代わり、負けたらお前さん一升奢るんだぜ」
売られた喧嘩。真々館の番頭も、意気まいて応えた。
「…………」
この舌戦会の報告がもたらされたとき、誰より真っ青になって驚いてしまったのは、当の古今亭今松だった。
冗談じゃねえ。
えれえことになってしまった。
馬鹿でもチョンでも、旅廻りにしろ、相手は本物の講釈師だ。
こっちは高が落語家の駆け出しじゃないか。
関脇小結と幕下の勝負どころか、荒岩と素人の肺病患者が取り組んだよりも、もっと話にならないひでえ勝負だろう。
出ると負けは、今から知れてる。
しょせんが一時の食い継ぎ場所にはちがいないけれど、せっかく、いい巣を見つけたと思ったのも束の間。
この熱海ともおさらばかいヤレヤレ。
こうなると、身びいきをしてくれたここの番頭さんがいっそ怨めしかった。
隣の番頭と張り合ってくれたのはありがたいが、せめて二人会の一件だけはここの旦那に話してみてくれたら、苦労人の旦那様だ。
「どっちの芸人さんに傷がついてもいけない。それはお前、およし」
とかなにか、うまい具合に俺の危急を救ってくだすったろうものを。
もうこうハッキリ両方の宿屋へ二人会のことが知れ渡ってしまったあとじゃ、もうしようがない。
明々後日は、どうやら俺が真々館へ乗り込んで、一席ずつやり合うというんじゃないか。
とすると明後日の晩は休みだから、ここのお座敷も今夜ひと晩だ。
別れとなると、今さらのようにこの大広間が、このチャブ台の高座が、お客様たちが、なんとも言えず名残り惜しかった。ヒシヒシとした離愁をおぼえた。
すっかりセンチメンタルになってしまって今松は、前席にうんと笑いの多い「一休禅師」を熱演し、後席にはじめてこの熱海にきた晩にやった思い出深い「小夜衣」の自害をやった。
折が折で自分から泣いてかかっているので、女客のなかには、宿屋の浴衣の袖口で目を拭いているものもあった。
翌晩。
休みを利用して今松は、深く襟巻で顔を隠し、真々館へ出かけていった。
九分以上のお客がギッチリ詰まっていた。
それだけでもまず引け目を感じた。
まともに客席へ座り込み、まともに高座の顔を見上げてやる勇気なんか、とてもなかった。
ソッと障子の嵌っている廊下の陰へしゃがんで、うつむいて、息を殺していた。
すさまじい拍手が鳴った。
ハッと顔を上げ、また伏せた。
ピシーリ。
イタについた張扇の音が聞こえた。
「お伽します」
凜とした、張りのある、若々とした声だった。
再び今松は気を呑まれた。
そのとき早くも障子の声は、
「頃はいつなんめり××元年……」
と、いずこ、いかなる戦いであろう、合戦物を読み出していた。
その熱。
その気魄。
そのうまさ。
ピシリピシーリと間を縫って、新戦場を活写していく張扇のものすさまじさよ。
「駄目だ」
てんで勝ち目のない勝負だった。
「旦那永々御厄介になりましたが、とても私はこの上の御厄介には――」
窓越しに見える柳美館の灯の色の中に、ものわかりのいい主人の姿を思い浮かべながら今松は、心で礼を言った。
こんなことなら、あんなにガブガブお酒ばかり飲んじまうんじゃなかったっけ。
つい大勝利の景気のいいのに気が大きくなって、明日は明日の風が吹くとやっつけてしまったが――。
もう懐中には五十銭玉が何枚という心細さだった。
せめてあと五、六日、稼がせてもらえれば、なんとかしがきがつくのだけれど、そのしがきがつくくらいなら別に逃げないでもいいことになる。
なにもかもこれまでの縁だったんだ。
その夜更け、今松は、ドロンをした
三
もうそろそろ寒い風の吹きつけてくる海岸づたいに、小田原さして今松は、夜道をかけた。
真夜中に早川口へたどりついて、橋の袂の宿屋を叩き起こし、泊めてもらった。
あくる日もまた歩いた。
汽車へ乗ったところで東京へは帰れない身体だったし、第一、汽車の中からではどこにどんな仲間の芸人がかかっているかわからない。
どこか仲間のかかっている寄席へ駆け込んで、なんとか使ってもらうより手がなかった。
どこまでもどこまでも続く松並木には、赤とんぼがいっぱい乱れていた。
太い松の幹と幹との向こうに畑があり、そこに鶏頭が燃えていたり、大きな柿の木があって、黄色い柿の実が熟れていたりした。空高く百舌が鳴いていた。
もうほどなく大磯の宿だろう。
心なき身にも哀れはしられけり、鴫立沢の秋の夕暮れという大磯の歌を、よく助六師匠が西行法師をやるときにそう言っていたが、ほんとに今度のようなことにあって、こんな一人旅を続けているとつくづく秋の寂しさが身にしみわたる。
いや、こんな夜逃げなんかの旅だったら、いくら春だって、夏だって、またお正月だって一列いったいに寂しいんだろう。
それにしても。
今度のいきさつを考えてみると今松は、へんにおかしく、へんに悲しかった。
まったくひょんな廻り合わせがあったものだ。
落語家のくせに講釈師だなんて嘘吐いてお銭を儲けた罰かもしれない。
べそを掻きそうな顔をして今松は、くたびれた足を引き摺りながら行く手を見た。いつか松並木がまばらになって、左手に釣鐘を伏せたようなコンモリした山が見えてきた。
そろそろ町家も見えてきた。
傍への棒示杭に「大磯」の文字が黒々と見え、そのまた棒示杭の後の大きな棒の木には、古い寄席のビラが貼られていた。「土橋亭りう馬」の名が色褪せてきれぎれに、開化亭と描いてあった。
「ア、りう馬さんが来ている」
嬉しそうに今松は叫んだ。りう馬は柳派での古看板で、長兵衛と呼ばれる世話好きの爺さんだった。
「ありがたい、あの人なら使ってくれら」
急に足が軽くなった。
鴫立沢をあとに、名物のさざれ石を売っている店の前を真っすぐに、街道筋を五、六丁ゆくと、左手に寄席があった。
開化亭とは名ばかり。
ひどい寄席で、薄汚れた幟が一本、潮風に吹かれて鳴っていた。
「土橋亭りう馬」の看板も見えなかった。
発ってしまったあとか。
ガッカリしながら今松は楽屋口へ廻っていった。
「ちょうどいい。いま講釈師の先生が一人、お出でなすってる所なんだ。お前さん落語ならちょうどいい。さっそく二人会をお願いしましょう」
大漁祝いに船頭の着る極彩色のねんねこ半纏のようなものを着て、潮焼けのしたガッシリとした血気盛りの席亭は、人の好さそうな笑顔で迎えた。
ありがたい、お役に立った。
イソイソ今松は、楽屋へと上がっていった。
顔の小さい、髪を短く刈った、白髪の目立つ五十がらみの貧相な老人が、禿げちょろの猫足の膳を前に、チビリチビリやっていた。
「先生。こっちらが今お聞きの通りの落語家さんで」
席亭は言った。
「あの私、今松と申します。どうぞなにぶんよろしく」
口の内で小さく、言って、お辞儀をした。
「神田伯水です。なに分」
御家人かなにかのようなキッパリした口の利きようだった。たしかに東京の仲間の誰かに似た声だとおもったけれど、思い出せなかった。
「ま、お近づきのお印におひとつ」
ツイと伯水は盃を差出した。
四
その晩。急のことだったが、お客は五十ほどきてくれた。
まず今松が一席「垂乳根」をやり、そのあとで長々と伯水が政談物をやった。
続いて今度は今松が「雑俳」をやると、切りは伯水が最前の続きをしゃべって打ち出した。久し振りで落語をしゃべれたということが、心のふるさとへ帰り着いたように今松には嬉しかった。馬力をかけておしゃべりをした。
「大丈夫だ、お二人とも御評判がいいから。この興行は尻っ弾ねがしますぜ」
閉場ると席亭が景気をつけるようにこう言って、楽屋へ真っ黒な顔を覗かせた。尻っ弾ねとは日一日、あとへゆくほどお客の増えてくることだった。
「ま、ひとついこう」
よっぽどの酒好きと見えて、伯水は高座着を着替える間も惜しいらしく、先ず膳の前へ座った。
「いただきましょう」
好きな道とて遠慮なく今松も馳走になった。
やったり、とったり。
だんだん酔が廻るに連れて、伯水老人は調子づいていろいろのことをしゃべりだした。
が、なぜか、芸の話をすることは嫌いらしく、今松がその方面の話をもち出すと、
「そんなことはひとりで研究さっせえ。ひとりで苦しんで苦しんで苦しみ抜いて、自然天然と悟らなけりゃ身につくまいて」
と白い眉をしかめて、
「それより酒は上方がうまいのう。私しゃそのうち、興行をかこつけて、どうでも飲みに参ろうと思っているよ」
と、さもさも上方の酒の味を恋い返すように舌なめずりしたが、
「まったく上方に比べると、酒だけは江戸は落ちるが、熱海の酒も地酒でよくねえ」
「オ、先生は熱海に」
思わず今松は声を大きくした。
「ウム、しばらくいた」
静かにうなずいたが、なにを思い出したか、若々しい声で笑い出すと、
「私しゃ、熱海じゃ、せっかくの銭儲けをフイにしてしまった一件があるのじゃよ」
「ヘーエ。先生が熱海。似た話があるもんですね。私もせっかくの儲け口をサランパンにしちまって逃げましてね。まあお笑い噺だ。聞いてください」
酔った勢いで今松は、真々館の講釈師一件を、詳しくぶちまけた、最後にソッと先方の宿の廊下へ行って立ち聞きをし、とてもかなわないので逃げ出してきてしまった顛末までを――。
「…………」
ジーッと黙って目を閉じて聞いていた伯水老人は、そのうち小さいくせに無気味な光を宿している目をパチッと開いて乗り出してくると、
「オイちょっと待ったオイ尊公、その真々館の講釈師というのは、なにを隠そうこのわしの……」
「恐れ入りました。お弟子さんでしたか」
今松は目を丸くした。おお、やっと思い出した。誰かに似ていると思っていたら、この先生の声、怨み重なる熱海の講釈師の声とそっくりだったんだっけ。弟子と師匠じゃ似ているわけだ。
「ちがうちがう、弟子じゃない」
あわてて伯水は銚子を取り上げた手を振った。
「余計似てるわけだ。お身内ですか」
今松はまた言った。
「ちがうよ」
叱りつけるように声高に
「ちがうと言えば。弟子でも身内でもない。真々館にいた講釈師てのは、お手前の前じゃが、このわしじゃよ、伯水じゃよ」
「エーッ先生」
思わずまた目を丸くしかけたが、すぐ気がついて、
「冗、冗談……。先生、そ、そんな担ぎっこなしにしましょう。アア、びっくりした。ほんとかと思って私ア寿命の十年も縮めましたぜ」
「コ、これはまた、異なことを。お手前を担いでどうなろう。酒興でもない、座興でもない、正真正銘、この伯水が、熱海真々館の講釈師であったと申すに」
「だって……だって先生そんな」
「なにが、だってだ」
「なにがだって、だって先生、私アその先生に兜をぬいで夜逃げしてきたんだ。その先生のほうは今時分、さしずめ日本勝ったい露西亜負けたい、真々館の大広間で提灯行列でもやらかしてる時分で。それがこんな大磯くんだりで私と二人会なんて」
つまらないことを言っちゃいけねえと言う顔を、今松はした。
「ところがそれがそうなのだから世のなかは面白かろう」
伯水はゴリゴリと自髪頭を撫で上げた。
「ド、どうして」
「俺も旗を巻いて逃げてきた、お前を聴いて」
「ソソそんな……そんな馬鹿な」
「ほんとだ」
「冗……冗……」
「いやほんとうだってば。まあ聞かっせえ、しまいまで。じゃ言おう。お前さん、一昨々日の晩、柳美館とやらで、『一休禅師』と『小夜衣』と読みなすったろう」
「……オ、よく御存じで」
「聴きに行ったんだ、わしもあれを。番頭めがなにか隣の先生と二人会をやらせるなどと言いくさる。この年になって若い者に怯れを取ったら神田一門の名折れじゃと、恥を忍んで聴きにいったよ、お前さんの高座を。するとうまい。滅法いい」
「か、からかっちゃいけねえ先生」
「いやまったくだ。今考えてみれば落語家さんだそうな。それじゃ当たり前の話だが、『一休』のおかしさといったらない。正直に言うと後席の『小夜衣』は妙に悲しいところはいただけるが、まだまだ一人前にはちっと遠い。しかしだな。『一休』のほうは、今日日の駆け出しの講釈師にゃ、とてもあれだけには笑わせられん。笑いがチャンと壺に入っておる。私しゃ考えたのう、そのときに。言っちゃ悪いが熱海のような温泉場――講釈場じゃない、目明き千人盲千人のお集まり、遊び半分に聴かっしゃる場所だ。こういう所ではなまなか、私の本筋のゴツゴツした修羅場より、年の若い押し出しのいいおかし味たくさんのお前さんの噺のほうが、ずんと受けるにきまっている。くさやの干物と牡丹餅じゃ勝負になるまい。負けだ負けだ私は負けだ。昔、権現さま逃げるが勝ちよと、そこで翌晩、お名残りに『信長記』を一席読むと尻に帆かけて逃げ出したのじゃ。しかし、その二人がよりによってまたこの大磯で二人会を催そうとは……」
伯水老人、楽屋中に響き渡るような大声を立てて笑い出してしまった。