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寄席風流
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寄席風流
正岡容
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Original Public Domain
Chapter 9 of 9

高座余艶

私が寄席の木戸をくゞりだしたころ、歌子式多津の二美人は、已に高座から姿を消してしまつてゐた。しかし、退いてほんの直後のことだつたらしい。三遊の歌子、柳の式多津、当事の寄席フアンの若人たちにとつて、それ/″\大きな魅力だつたと聞く。歌子は浮世節を歌ひながら客席の四方八方へウヰンクをし、丁どその視線にぶつかつたものは、おや此は殊によると俺に……と脂下がつた由、徳川夢声君が青春懐古の随筆にいと詳しくかいてゐる。いまの安レビユーの踊り子たちが徒らに全裸にちかくなつてお客を呼ぶよりも、この方が余程イツトがあるし、同時に此がこの日本々来の余情でもあること、水洗便所と昔乍らの厠とを比較云々された谷崎潤一郎氏の「陰翳礼讃」を引用するまでもあるまい。尤も当時でも高座で姫御前のあられもなく赤いお腰をはづして振廻したのは名古屋から集団上京して来た端席(場末の寄席)廻りの源氏節芝居の女芸人たちだつた。彼女たちは多く岡本美根なにがしを名乗つて、源氏節出語りで芝居を演ることのちの浪曲劇に等しく、この芝居の中でいろいろ露骨な煽情的なことが行はれたのである。あとで一座惣出で源氏節丈けを語るところはまた、のちの安来節とよく似てゐた。

源氏節は説教節と似かよつたやうな節で、いまは本元の名古屋へ行つても殆んど湮滅してしまつたらうが、師吉井勇の「走馬燈」と云ふ戯曲は、よくこの源氏節芝居の楽屋の景色を描破してゐる。「走馬燈」はたしか大震直後の帝劇の女優劇花やかなりしころ上演されて、未だ美しい盛りだつた初瀬浪子が、妖艶な舞台姿を見せた。私が源氏節芝居を見たのは、年少のころ本郷三丁目の燕楽軒と云ふレストランができる前そこが寄席で、一ど丈け見物したのだつたが、もうそのころは当局の弾圧が厳しくて、源氏節本来の名ではなく、娘コミツクの名に隠れてゐたやうであるが、一時は場末稼ぎのこの一座が本席第一流の講談落語を不入りにさせてしまつたと云ふのだから、悪貨蔓つて良貨を駆逐する経済学の法則は、蓋しいつの世にも絶えないと云つていい。大へん源氏節芝居の話へ深入りし過ぎてしまつたが本題へ戻つて、その歌子は私が寄席がよひをしだしたころじつは私共の先人岡鬼太郎さんのお楽しみとなつて、高座を退いてしまつてゐたのだつた。好敵手だつた常磐津の式多津も亦、そのころ歴とした旦那ができて高座を去り、こゝに大正中世の二美人は悠久に寄席から消え去せてしまつた。今日、歌子も式多津も共に健在で、それぞれ五十の大姥桜が満更美しくなくもないと云ふことは、二人共「芸」を廃めてゐないからだらう。式多津はいまも常磐津、歌子は本名の福原貴美子になつて流石に巧緻な俗曲を放送、私も満洲事変のころ喇叭節や奴さんの替唄をつくつてビクターレコードへ吹込んで貰つたことがあり、終戦後、宇野信夫君のところで運座のあつたとき、偶々隣室へ同女の訪れがあつた。けれど縁なくして未だ会ふ機会はない。式多津の方は旦那のできた当座今日のダツトサンのやうなものを旦那自らが運転して楽屋入りをしてゐた由だが、少しでも男の芸人に口を聞くと大そう旦那が怒つて揉める、そんなこんなで席から退いてしまつた。当時、歌子や式多津が楽屋で前座の汲んでだすお茶を飲残すと、それを飲むのが前座の役徳。いまの某々君などはその頃三遊派の前座で、即ち歌子のお茶の余徳には随分預つてゐた方だと、今村信雄君から聞いた。落語家らしくて、とんだ可笑しい。

この歌子式多津以後の高座の明眸は、大正末年ちよつと現れてすぐ廃めた稲の家芝子であらう。阿母さんと二人高座で、母親の弾くお座附から三下りに小太鼓を叩いて美しい瓜実顔で微笑みながら満場を眺め廻す。そのときキラリ金歯の光るのが大そう媚かしかつた。金歯の魅惑は、この芝子以外では、私は歌手の奈良光枝君が緑波一座へ出演したとき感じさせられたのみである。この芝子が四谷の喜よしで高座を下りたら、とたんに高座の真下に陣取つてゐた学生たちがバラ/\とすぐかへつていつた。ありし日の式多津歌子の人気は、かうしたものであつたのだらうとそのとき私はおもつたことだつた。あとせめて三年か五年出演してゐたら大した人気となつたゞらうが、映画女優に転身するとて西下してしまひ、今日では関西の大実業家の正夫人になつてゐるはずである。関西と云へば、大阪では大正中世新内の鶴賀若呂光が細おもてで美しかつた。芝子が退いてから東京の寄席では娘義太夫の竹本静香(夭折した)ぐらゐでさしたる麗人も姿を見せず、寄席も激しい不振になり、この未曾有の不況は日華事変当初までつゞいた。昨今、落語界の盛況と共に未だ十二歳でありながらこぼれる許りの色気ある立花家小奴が登場して、小奴の高座に余念なく見入り、人知れず熱い溜息を洩らしてはかへつて行く少年たちが殖えて来たと屡々私は耳にする。小奴は、先代三遊亭円遊の忘れ形見で、それ故の「芸」の血なのである。とすると高座のイツトの喪失されてゐる間、いつの世も寄席の繁栄は空白であると云ふことにもなる。まことに/\落語家の振るまくらではないが、岩戸神楽の始めより女ならではの、千古不変の姿である。

雪の夜の高座をつなぐ一と踊りあはれにやさし君が振袖

美しう楽屋障子にをどる影もの云ふ影を誰とおもふや

悲しくも下座の三味の音ながれくる楽屋に君と語る夜の秋

つれなげに洲崎堤を語るとき君がかざしの揺れうごくとき

悲しさは小雪ふる日の昼席に常磐津ぶしを君唄ふとき

この吉井勇イミティションの拙詠は、私が十八歳のころ詠み、十九歳の春に自費出版した歌集『新堀端』の中の作品である。ほんの只今のお笑ひ草に、抄出して見た。

今日の高座の人たち、それも男の人たちの中で、話し口に何とも云へない色気の満ち溢れてゐるのは桂文楽、春風亭柳好の両君だらう。神田伯龍君の「小猿七之助」「吉原百人斬」「美の吉ころし」のあるシーンには、並々ならぬ色気があつて、為永春水の人情本そのまゝの情趣になる。蓋し当代話術界の至宝である。

高座と云ふものの存在を落語の演出の中へ怜悧に応用して効果を挙げたものに、「せんきの虫」「居残り佐平次」「湯屋番」の落がある。「せんきの虫」は落がエロテイックなので最近演らなくなつたが、あの考へ落のやうなエロテイックな落を云つたあと、わざと演者自身小首をかしげ、腕拱きつつ下りて行くと云ふ余韻のある演り方がある。大阪の橘家蔵之助は常にこの演り方を採つてゐた。此を得意とした先代三遊亭遊三、「よかちよろ」の遊三はどうだつたのだらうか。「居残り佐平次」「湯屋番」のそれ/″\の最後、前者は「では左様なら」と云つてヒラリ高座から飛び下りそのまゝ客席をとほつてかへつてしまひ、後者は「お前さんはとても雇へない、おかへり/\」と云はれて「ヘイそれでは……」と一礼してそのまゝ楽屋へ下りて行くと云ふ極めて奇抜な演出があつた。後者は誰だつたらう。前者はいまから三代前、狂馬楽の前の二代目馬楽だつた。いまの柳橋君は「湯屋番」の主人公が番台で惚気を云ひながらだん/\前へ乗出して行き、ほんたうに高座から客席へと転がり落ちた。はじめ偶然転がり落ち、大へん受けたので、以来此を「型」としたのである。このごろのやうな土足の寄席では、怪我をするから到底かうした演出はでき得ない。

土足の寄席と云へば、昔の畳敷きの寄席(いまでも人形町の末広はじめ二、三の畳の客席が焼残つてゐるが)では下足番の役目が頗る重大、且つ至難な技術をさへ要した。それはいざ終演と云ふと忽ち雪崩れを打つてでて来るお客たちから極めて迅速に下足札を受取り、代りに下駄をだしてやる、雨天ならば傘も一しよにだしてやる。明治中世までは往来が真暗だつたから提灯を持つて来るお客が殆んどだつたので、此らの提灯へ早足に灯を点してやらなければならない。多いときには何百人と云ふ頭数へたつたひとりの下足番で次々とこの芸当を演じて見せるのである。

それ故に昔の真打は、下足の混雑、下足番の迷惑をおもひやつて、わざと自分の噺をとき/″\だらし、一席の内に二ども三ども何人かづつのお客をかへらせると云ふやうな放れ業をさへあへてして見せたと云ふ。此はなか/\の呼吸仕事で、ほんたうにだらしてしまつたら、お客がみんなかへつてしまふ、適当に何回に何人かづつかへらせ、あとへのこつた適量のお客丈けはしつかり押さへて、決してもう今度は終演まで一人と雖も座を立たせない、昔の真打にはかうした話術そのもの以外の大きな/\苦心があつたのだ。だから出来星の新真打がお客にかへられたら大変だと許り大熱演で聴かせると、一人も立つものゝない代りにはかへりの下足が大混雑で、未だこの真打はチヤチなもんさと大いに下足番に嗤はれた由である。

近年、このお客をかへす秘密を掴んで自由に使駆してゐたものは、「うどんや」や「睨み返し」の巧かつた三代目小さん(先々代)で、今夜は廿人づつ三どにかへさうなどと云つて高座へ上がつて行くと、いつもピタリそのとほりになつたさうだ。先年歿した某々がその真似をして今夜は俺は卅人かへすと豪語して上がり、五十人かへしてしまつて青くなつたと云ふものも、当時有名な楽屋ばなしの一つだつた。

……この『東京恋慕帖』全巻をつうじて、兎角私は過去許りを談つた。それは徒らに感傷的な懐古癖からではゆめ/\ない。私は、ふらんす文化と同じやうに、既往の江戸文化及びその水尾を曳いてゐる明治大正の市井文化の方が、御一新以来のかの薩長閥文化よりも科学的に余程高度だと確信してゐるからである。全巻の了りに改めて云つておき度い。

(完)

●図書カード

Chapter 9 of 9
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