句法
句法は言語の接続をいふ。俳句の句法は貞享、元禄に定まりて享保、宝暦を経て少しも動かず。むしろ元禄に変化したるだけの変化さへ失ひ、「何や」「何かな」一点張の極めて単調なる者となりをはりて、ただ時に檀林一派及び鬼貫らの奇を弄するあるのみ。この際に当りて蕪村は句法の上に種々工夫を試みあるいは漢詩的に、あるいは古文的に、古人のいまだかつて作らざりし者を数多造り出せり。
春雨やいざよふ月の海半
春風や堤長うして家遠し
雉打て帰る家路の日は高し
玉川に高野の花や流れ去る
祇や鑑や髭に落花をひねりけり
桜狩美人の腹や減却す
出べくとして出ずなりぬ梅の宿
菜の花や月は東に日は西に
裏門の寺に逢著す蓬かな
山彦の南はいづち春の暮
月に対す君に投網の水煙
掛香や唖の娘の人となり
鮓を圧す石上に詩を題すべく
夏山や京尽し飛ぶ鷺一つ
浅川の西し東す若葉かな
麓なる我蕎麦存す野分かな
蘭夕狐のくれし奇楠をん
漁家寒し酒に頭の雪を焼く
頭巾二つ一つは人に参らせん
我も死して碑にほとりせん枯尾花 (蕉翁碑)
の如きは漢文より来りし句法なり。蕪村最多くこの種の句法を為す。
しのゝめや鵜をのがれたる魚浅し
鮓桶を洗へば浅き遊魚かな
古井戸や蚊に飛ぶ魚の音暗し
「魚浅し」、「音暗し」などいへる警語を用ゐたるは漢詩より得たるものならん。従来の国文いまだこの種の工夫なし。
陽炎や名も知らぬ虫の白き飛ぶ
橋なくて日暮れんとする春の水
罌粟の花まがきすべくもあらぬかな
の如きは古文より来る者、
春の水背戸に田つくらんとぞ思ふ白蓮を剪らんとぞ思ふ僧のさま
この「とぞ思ふ」といふは和歌より取り来りし者なり。その外
衣がへ野路の人はつかに白し
蚊の声す忍冬の花散るたびに
水かれ/″\蓼かあらぬか蕎麦か否か
の如きあり。
元禄以来形容語は極めて必要なる者の外俳句には用ゐられざりき。いたづらに場所塞ぎを為すのみにて、ありてもなくても意義に大差なしとの意なりしならん。しかれども形容語は句を活動せしめ印象を明瞭ならしむるにはこれを用ゐて効多し。蕪村は巧にこれを用ゐ、殊に中七音の中に簡単なる形容詞を用うることに長じたり。
水の粉やあるじかしこき後家の君
尼寺や善き蚊帳垂るゝ宵月夜
柚の花や能酒蔵す塀の内
手燭して善き蒲団出す夜寒かな
緑子の頭巾眉深きいとほしみ
真結びの足袋はしたなき給仕かな
宿かへて火燵嬉しき在処
後の形容詞を用ゐる者、多くは句勢にたるみを生じてかへつて一句の病と為る。蕪村の簡勁と適切とに及ばざる遠し。
蕪村の句は堅くしまりて揺かぬがその特色なり。故に無形の語少く有形の語多し。簡勁の語多く冗漫の語少し。しかるに彼に一つの癖ありて或る形容詞に限り長きを厭はず、しばしばこれを句尾に置く。
つゝじ咲て石うつしたる嬉しさよ
更衣八瀬の里人ゆかしさよ
顔白き子のうれしさよ枕蚊帳
五月雨の大井越えたるかしこさよ
夏川を越す嬉しさよ手に草履
小鳥来る音嬉しさよ板庇
鋸の音貧しさよ夜半の冬
の如きこれなり。普通に嬉しと思ふ時嬉しといはば俳句は無味になりをはらん、まして嬉しさよと長く言はんは猶更の事なり。嬉しさよといはねば感情を現す能はざる時にのみ用ゐたる蕪村の句は、固よりこの語を無造作に置きたるにあらず。更に驚くべきは蕪村が一句の結尾に「に」という手爾葉を用ゐたる事なり。例へば
帰る雁田毎の月の曇る夜に
菜の花や月は東に日は西に
春の夜や宵曙の其中に
畑打や鳥さへ鳴かぬ山陰に
時鳥平安城をすぢかひに
蚊の声す忍冬の花散るたびに
広庭の牡丹や天の一方に
庵の月あるじを問へば芋掘りに
狐火や髑髏に雨のたまる夜に
常人をしてこの句法に倣はしめば必ずや失敗に終はらん、手爾葉の結尾を以て一句を操る者、蕪村の蕪村たる所以なり。
蕪村は下五文字に何ぶり、何がち、何顔、何心の如き語を据うることを好めり。
三椀の雑煮かふるや長者ぶり
少年の矢数問ひよる念者ぶり
鶯のあちこちとするや小家がち
小豆売る小家の梅の莟がち
耕すや五石の粟のあるじ顔
燕や水田の風に吹かれ顔
川狩や楼上の人の見知り顔
売卜先生木の下闇の訪はれ顔
行く春やおもたき琵琶の抱き心
夕顔の花噛む猫やよそ心
寂寞と昼間を鮓の馴れ加減
またこの類の語の中七字に用ゐられたるもあり。後世の俗俳家何心、何ぶりなどと詠ずる者多くは卑俗厭ふべし。
なれすぎた鮓をあるじの遺恨かな
牡丹ある寺行き過ぎし恨かな
葛を得て清水に遠き恨かな
「恨かな」といふも漢詩より来りし者ならん。