理想的美
俳句の美あるいは分って実験的、理想的の二種となすべし。実験的と理想的との区別は俳句の性質においてすでにしかるものあり。この種の理想は人間の到底経験すべからざること、あるいは実際あり得べからざることを詠みたるものこれなり。また実験的と理想的との区別俳句の性質にあらずして作者の境遇にあるものあり。この種の理想は今人にして古代の事物を詠み、いまだ行かざる地の景色風俗を写し、かつて見ざるある社会の情状を描き出すものこれなり。ここに理想的というは実験的に対していうものにして両者を包含す。
文学の実験に依らざるべからざるはなお絵画の写生に依らざるべからざるがごとし。しかれども絵画の写生にのみ依るべからざるがごとく、文学もまた実験にのみ依るべからず。写生にのみ依らんか、絵画はついに微妙の趣味を現わす能わざらん、実験にのみ依らんか、尋常一様の経歴ある作者の文学は到底陳套を脱する能わざるべし。文学は伝記にあらず、記実にあらず、文学者の頭脳は四畳半の古机にもたれながらその理想は天地八荒のうちに逍遙して無碍自在に美趣を求む。羽なくして空に翔るべし、鰭なくして海に潜むべし。音なくして音を聴くべく、色なくして色を観るべし。かくのごとくして得来たるもの、必ず斬新奇警人を驚かすに足るものあり。俳句界においてこの人を求むるに蕪村一人あり。翻って芭蕉はいかんと見ればその俳句平易高雅、奇を衒せず、新を求めず、ことごとく自己が境涯の実歴ならざるはなし。二人は実に両極端を行きて毫も相似たるものあらず、これまた蕪村の特色として見ざるべけんや。
芭蕉も初めは
菖蒲生り軒の鰯の髑髏のごとき理想的の句なきにあらざりしも、一たび古池の句に自家の立脚地を定めし後は、徹頭徹尾記実の一法に依りて俳句を作れり。しかもその記実たる自己が見聞せるすべての事物より句を探り出だすにあらず、記実の中にてもただ自己を離れたる純客観の事物は全くこれを抛擲し、ただ自己を本としてこれに関連する事物の実際を詠ずるに止まれり。今日より見ればその見識の卑きこと実に笑うに堪えたり。けだし芭蕉は感情的に全く理想美を解せざりしにはあらずして、理窟に考えて理想は美にあらずと断定せしや必せり。一世に知られずして始終逆境に立ちながら、竪固なる意思に制せられて謹厳に身を修めたる彼が境遇は、かりそめにも嘘をつかじとて文学にも理想を排したるなるべく、はた彼が愛読したりという杜詩に記実的の作多きを見ては、俳句もかくすべきものなりとおのずから感化せられたるにもあらん。芭蕉の門人多しといえども、芭蕉のごとく記実的なるは一人もなく、また芭蕉は記実的ならずとてそを悪く言いたる例も聞かず。芭蕉は連句において宇宙を網羅し古今を翻弄せんとしたるにも似ず、俳句にはきわめて卑怯なりしなり。
蕪村の理想を尚ぶはその句を見て知るべしといえども、彼がかつて召波に教えたりという彼の自記はよく蕪村を写し出だせるを見る。曰く
(略)其角を尋ね嵐雪を訪い素堂を倡い鬼貫に伴う、日々この四老に会してわずかに市城名利の域を離れ林園に遊び山水にうたげし酒を酌みて談笑し句を得ることはもっぱら不用意を貴ぶ、かくのごとくすること日々ある日また四老に会す、幽賞雅懐はじめのごとし、眼を閉じて苦吟し句を得て眼を開く、たちまち四老の所在を失す、しらずいずれのところに仙化して去るや、恍として一人みずから佇む時に花香風に和し月光水に浮ぶ、これ子が俳諧の郷なり(略)
蕪村はいかにして理想美を探り出だすべきかを召波に示したるなり。筆にも口にも説き尽すべからざる理想の妙趣は、輪扁の木を断るがごとくついに他に教うべからずといえども、一棒の下に頓悟せしむるの工夫なきにしもあらず。蕪村はこの理想的のことをなお理想的に説明せり。かつその説明的なると文学的なるとを問わず、かくのごとき理想を述べたる文字に至りては上下二千載我に見ざるところなり。奇文なるかな。
蕪村の句の理想と思しきものを挙ぐれば
河童の恋する宿や夏の月
湖へ富士を戻すや五月雨
名月や兎のわたる諏訪の湖
指南車を胡地に引き去る霞かな
滝口に燈を呼ぶ声や春の雨
白梅や墨芳ばしき鴻臚館
宗鑑に葛水たまふ大臣かな
実方の長櫃通る夏野かな
朝比奈が曽我を訪ふ日や初鰹
雪信が蝿打ち払ふ硯かな
孑孑の水や長沙の裏長屋
追剥を弟子に剃りけり秋の旅
鬼貫や新酒の中の貧に処す
鳥羽殿へ五六騎いそぐ野分かな
新右衛門蛇足をさそふ冬至かな
寒月や衆徒の群議の過ぎて後
高野
隠れ住んで花に真田が謡かな
歴史を借りて古人を十七字中に現わし得たるもの、もって彼が技倆を見るに足らん。