Back
春の遠山入り (易老岳から悪沢岳への縦走)
Table of Contents
春の遠山入り (易老岳から悪沢岳への縦走)
松濤明
Reading Settings
Font size
18px
Theme
Light
Dark
Sepia
Eye care
Line spacing
Reading mode
Translation Pagera AI
Original Public Domain
Chapter 4 of 4

山を去る

四月一日 晴 今日はもはや転付を越えるばかり。昼食までご馳走になって、一時頃ゆっくり二軒小屋を発った。

峠路はうねうねとジグザグがつづいている。中ほどから雪が現われた。深くはないが腐っているので、よく滑る。喘登がつづいて、一時間余の後峠に着いた。これで山ともお別れになる。峠の下からしばらく岳を眺めた。

空は今日もまた素晴らしく澄み渡って、岳は美しく輝いている。快い微風が頬をかすめ、暖かい春の一日である。一週間の山旅への不吉な悔恨は今は和んで、楽しい追憶のみがよみがえっていた。あの白く輝く岳の奥から鄙びた不可思議な旋律が風に乗って伝わってくる。それが無性に私を引きつける。これを見、あれを聞く時、山へ行くのが苦しいから山へ行くのでなく、また楽しいから行くのでもない。純粋に「一つのものを作り上げること」のみを目指して山へ入れるような、氷のような山男となることのいかに困難であるかをしみじみと感ずるのだ。

今までと打って変って暗い甲州側へ雪を蹴散らして駆け下りた。

●図書カード

Chapter 4 of 4
|