一
人間の生活に於ける日常の經驗はつねに言葉によつて導かれてゐる。普通の場合ロゴスは人間の生活をあらかじめ支配する位置にある。我々は通常我々の既に有するロゴスの見地から存在と交渉する。我々は我々の經驗するところのものが言葉をもつて語られ得るやうに、言葉によつて解決され得るやうに、恰もその仕方に於て存在を經驗するのである。經驗の斯くの如き仕方から私は私の基礎經驗と呼ぶものを區別する。日常の經驗がロゴスによつて支配されてゐるのに反して、基礎經驗はロゴスに指導されることなく、却てみづからロゴスを指導し、要求し、生産する經驗である。それは言葉の支配から獨立であるといふ意味でひとつの全く自由なる、根源的なる經驗である。しかるに經驗はロゴスに於て表現されることによつて救はれ、公共性を得て、安定におかれることが出來るから、我々の經驗がロゴスの指導のもとに立つてをり、また立つことが出來る限り、我々には何の不安も起ることがない。最も公共的なロゴスである常識にもとづいて凡ての存在と關係し、常識の言葉の解決し得るやうにあらゆる存在と交渉する普通の生に、不安の屬することがないのは當然であらう。基礎經驗はその本來の性格として既存のロゴスをもつて救濟され、止揚され得ぬものである、したがつてそれはそれの存在に於て不安であるであらう。ロゴスは經驗を固定し、停止せしめる作用をするのであるが、ロゴスの支配し能はぬ根源的なる經驗は動性として存在するの外ないであらう。不安的動性は基礎經驗の最も根本的なる規定であらねばならぬ。言葉は經驗を救ひ、それを公にすることによつて、それに謂はば光を與へるのであるから、在來の言葉をもつて表現されることを拒むところの根源的なる經驗はそれに對して闇として經驗されるであらう。基礎經驗は現實の經驗としてはひとつの闇である*。
* 拙稿、解釋學的現象學の基礎概念(「思想」第六十三號)參照。 私は基礎經驗の名を借りて或る神祕的なるもの、形而上學的なるものを意味しようと欲するのではなく、むしろまさにその反對である*。それはひとつの全く單純なる、原始的なる事實に對する概念である。私は在る、私は他の人々と共に在り、他の事物の中に在る。これを經驗の最も基本的な形式と見做すとき、私は私以外の事物及び人間の存在そのものが私の意識に依存する、とは主張してゐないのである。世界の存在は固より私自身の存在と同じやうに根源的であるであらう。然しながら、私は基礎經驗の概念をもつて素朴實在論的思想から私を明確に、決定的に分離せしめようと思ふ。我々をめぐつて在る世界の存在は、例へばかの物自體の如く、我々の交渉から全然獨立に、自體に於て完了した存在を保つてゐるのでなくして、却てそれは我々の交渉に於て初めてその存在性を顯はにする。人間が他の存在の中に在る仕方は植物が他の植物に圍まれてゐる關係とは異つてゐる。人間はいつでも他の存在と交渉的關係にあり、この關係の故に、そしてこの關係に於て、存在は彼にとつて凡て有意味的であり、そして存在の擔ふところの意味は、彼の交渉の仕方に應じて初めて具體的に限定されるのである。存在は彼の交渉の過程に於て意味を具現してゆき、そしてかかるものとして現實的になつてゆく。それのみではないのである、人間そのものの存在もまた實にこのやうな交渉の關係に於て初めて自己みづからに對して現實的になり、このやうな交渉の過程に於て次第に自己みづからに對して現實的になつてゆく。約言すれば、人間は他の存在と動的雙關的關係に立つてをり、他の存在と人間とは動的雙關的にその存在に於て意味を實現する。存在は我々の交渉に於て現實的になり、そしてそれに即して我々の存在の現實性は成立する。かかる關係を有することがまさしく人間の根本的なる規定であつて、その故にこそ人間は彼の世界を所有する存在であるのである**。嘗て屡述べたやうに、人間は「世界に於ける存在」である、これに反して植物の如き存在は彼の世界を持つと云ふことが出來ない。ところで經驗とは一般に右の動的雙關的關係の構造の全體の名であり、基礎經驗とはそれの特殊なるもの、即ち存在に對する人間の交渉の仕方が既に在るロゴスによつてあらかじめ強制されることなきものを意味するのである。
* この點に關して我々の謂ふ基礎經驗とベルグソン的な純粹經驗との異同を吟味するのは興味深く、利益多きことであらう。ベルグソンも彼の純粹持續が言葉に支配されぬものであるに反して、日常の經驗が言葉によつて分離され、固定されたものであることを述べてゐる(H. Bergson, Essai sur les donnes immdiates de la conscience, p.99 et suiv.)。我々との根本的な相違は、我々が基礎經驗の歴史性を特に主張しようとするに對して、ベルグソンには一般に歴史性の思想が缺けてゐるのに由來する。** マルクスも云つてゐる、「(私の環境に對する私の關係――[交渉的關係 Verhltnis]――が私の意識である。)關係の存在するところ、それは私にとつて存在する、動物は何物に對しても關係せずそして一般に關係しない。動物にとつては他に對する彼の關係が關係として存在しない。」(Marx-Engels Archiv, . Band, S. 247.) 基礎經驗に對するロゴスに於て私は二つの種類若くは段階を區別しようと思ふ。第一次のロゴスは基礎經驗をなほそれの直接性に於て表現する。アントロポロギー(人間學)は、最初にそして原始的には、第一次的なるロゴスに屬する。ここにアントロポロギーとは人間の自己解釋の謂である。人間は彼の生活の過程に於て彼みづからの本質に關して何等かの仕方に於て解釋を與へるやうに餘儀なくされるに到る。この解釋の仕方そのものは彼の基礎經驗によつてつねに必然的に一定の方向に決定される。人間は、したがつて彼の基礎經驗も、固より歴史的社會的に限定されて在るのであるから、彼の自己解釋はまた言ふまでもなく歴史的社會的なる限定のもとに立つてゐる。それ故にひとはアントロポロギーが抽象的一般的なる形式に於て恰も永遠の體系として成立するものであるかの如く考へてはならない。在るものはただ具體的なる歴史的なるアントロポロギーである。各の時代に屬する人間は彼に特有な仕方に於てのみ存在に對して根源的に交渉することが出來る。この交渉の仕方に於てまさしく存在は彼に對して現實的になるばかりでなく、そしてそれと同時に彼はまさしく彼の存在をその存在に於て自覺し、把握する。彼が、例へば、特に感性的活動といはるべき性格を有する交渉の仕方をもつて絶えず存在と交渉するのであるならば、彼は恰も斯く交渉することに於て、自己の存在を感性的實踐的なる存在として理解するに到るであらう。アントロポロギーは生の根源的なる具體的なる交渉の中から直接に産れるロゴスであつて、私がそれを第一次的なるロゴスと名づける理由はそこにある。然るにひとたびこのロゴスの産出されるや否や、それは却てみづから主となつて、人間の生活のあらゆる經驗を支配し、指導することとなる。それは我々の生の現實の中に織り込まれ、我々の行動も制作もこのロゴスの見地から意味づけられ、實行され、更に進んでは、我々の生の表現も生産もただそれの見地からしてのみ認識され、評價されるのである。即ち人間が彼の存在そしてそれの本質を如何に解釋するかは、彼の生に於ける實踐また生についての認識の仕方を規定するところの最も根本的なる根源である。然しながら、人間に關するロゴスの斯くの如き支配的なる力も勿論その限界をもたねばならぬであらう。生の基礎經驗から生れ、それの把握として、表現として、この基礎經驗そのものを活かし、發展させることに役立つことの出來たロゴスは、それが絶對的なる專制的なる位置を占めることによつて、今は却て生そのものを抑制し、壓迫するに到る。變化し運動する生に於ける基礎經驗が或る強度と擴延とに達するとき、それはもはやロゴスの壓迫に堪へることが不可能となり、却てこの舊きロゴスに反對し反抗して、みづから新しきロゴスを要求する。我々はここにひとつの辯證法的なる關係を發見し得るであらう。基礎經驗の發展形式としてそれの發展を促進せしめるロゴスは、基礎經驗の發展が一定の段階に到達するに及んで、それの發展に對する桎梏に轉化する*。ロゴスと基礎經驗との間の矛盾、それに伴ふアントロポロギーの變革はかくして或る時には徐々にそして他の時には急激に生起するのである。私はこの過程をロゴスの第一次變革過程と名づけるであらう。
* ここに私は發展形式(Entwicklungsform)といふ語をマルクスが彼の唯物史觀を規定した句(Marx, Zur Kritik der politischen konomie, Vorwort.)の中から轉用した。 第二次のロゴスを私はイデオロギーの概念をもつて總括しよう。それにはあらゆる種類の精神科學あるひは歴史的社會的科學が屬する。イデオロギーと第一次的なるロゴスとの相違は、後者が基礎經驗をなほそれの直接性に於て表現するのに反して、前者はそれを媒介者を通じて把握するところにある。この媒介となるものはその時代の學問的意識、哲學的意識であつて、私の謂ふ par excellence なる「公共圈」に外ならない。經驗を救ふといふロゴスの課題は、それが客觀的なる公共性を得ることによつて初めて滿足に解決されるのであるが、かかる公共性に對するロゴスの衝動は、それがその當時の學問的もしくは哲學的意識によつて「基礎付けられ」、「客觀化される」ことに努力することを意味するのである。それ故に我々は、人間の自己解釋(Selbstauslegung)としてのアントロポロギーに對立させて、イデオロギーを人間の自己了解(Selbstverstndigung)として規定し得るであらう。イデオロギーに於ては經驗の表現は夫々の時代の學問または哲學によつて媒介され、それらのものによつて客觀的に限定されてゐる。これに反して第一次のロゴスは生の根源的なる交渉の中から直接に生れてそれを直接に反映し、自己みづからのうちには基礎付けられ、客觀化されることに對する要求はいまだ顯はでないのである。固よりこのものと雖も、それがロゴスである以上、客觀性への要求はそれ自身の中に含まれてゐるのであつて、それが自覺される場合このものはただちにイデオロギーにまで發展するであらう。アントロポロギーは最初にそして原始的にはひとつの第一次のロゴスであるけれども、しかしそれはイデオロギーの形態に於て存在することが出來、そしてまた事實上時としてはかかるものとして存在して來た。然しながら、それが人々から殆ど全く見逃されてゐる、そして私がここに特に高調しようとする重要な役目を演じて來たのは、多くの場合第一次のロゴスとしてである。アントロポロギーは、恰もカントのシェマティスムスに於ける時間が直觀と範疇とを媒介するやうに、基礎經驗とイデオロギーとを媒介する。けだしそれは、一方では、生の交渉の中から直接に産れるものとしてそれ自身或る意味では基礎經驗そのものであり、そして他方では、それは既にそれ自身ロゴスとして他の意味ではイデオロギーに屬するが故に、能く兩者を媒介することが出來るのである。このやうに媒介することに於てアントロポロギーの構造はイデオロギーの構造を規定することとなる。そしてまさにそこに人間學が第一次のロゴスとして有する機能の全き重要さは横はつてゐる。そしてその意味に於てまさしくそれはあらゆる歴史的社會的科學の基礎であると云はれることが出來る。けれどそれにも拘らず、最も注意すべき事柄は、各のイデオロギーにあつてはそれの構造を規定するアントロポロギーが直接には顯はでないといふことである。むしろイデオロギーの堅き概念の組織を破壞することによつてそれの根柢をなす隱れたるアントロポロギーは發見され得るのが普通である。アントロポロギーはイデオロギーの成立にあたつてそれの規定力としてはたらいてゐる、しかしひとたび後者が成立し終るや否や、前者みづからは後者の中に埋沒し沒入してしまふ。私は今これらの事情を多少詳細に分析してみよう。
精神科學は生、殊にそれに於ける實踐そのものの中から出生し、成長した。この學問の分化は生の分化、殊にそれの實踐の領域に於ける分化によつて規定されて來た*。精神科學の對象をなす歴史的社會的存在は人間を基體として成立する世界である。自然は言ふまでもなくそれの缺くべからざる要素であるに相違ないが、それはただ人間と交渉し彼の生と關係する限りに於てのみこの世界へ這入つて來ることが出來る。歴史はひとつの人間的なる、人間中心的なる世界である。純粹なる自然主義の立場にとつては一般に歴史は存在し得ない。歴史的世界は人間がそれを作るところの、作りつつあるところの、そして彼がみづからその中に住むところの世界である。人間はこの世界に單に對立するのでなく、却て絶えず彼自身それの基本的なる契機としてそれと密に交渉する、――それは「對象的存在界」ではなくして「交渉的存在界」である、――したがつてそれは彼にとつて彼がそれと交渉するところの具體的なる仕方を離れては現實的になることが絶對的に不可能であるであらう。そしてそれ故にこの世界に向ふところの認識もこの具體的なる交渉を離れてはそれに接近すべき如何なる現實の通路も見出すことが出來ぬであらう。精神科學と生との不離なる關係は根本的にはここにその深き根據をもつてゐると考へられる。ところで歴史的社會的存在界を構成する者として、そして同時にそれと交渉する者として、人間は、單に精神ではなくむしろ精神物理的統一であり、單に思惟する主觀でなく却て意志、感情、表象のあらゆる方面に自己を表現する統一的主體である。精神科學の對象が生の交渉を離れて現實的になり得ぬ以上、またそれを離れてこの學問の認識は對象への現實の通路をもつことが出來ぬ以上、この學問に於て認識主觀と云はるべきものは、單に表象し思惟する主觀でなく、具體的なる全體的なる人間の存在そのものであることは明白であるであらう。この學問の領域に於て嘗て偉大なる業績を爲し遂げた人々の多くが單なる理論家でなく同時に強大なる實踐家であつたことも同じ理由からむしろ當然のこととして感ぜられるであらう。さて、人間は彼が存在と交渉する仕方に應じて直接に自己の存在を把握する。彼は存在を語ることに即してそれに於て自己を語る。――一切の物は、人間の交渉を受ける程度に應じて、人間にとつて見ゆるものとなり、即ち初めて物となり、ここに於てその稱呼、その名稱を與へられるのであるが、その場合、ノアレによれば、「固有の人間の活動が原本的語根の内容として留まるのである**。」――この過程に於て彼が自己を語るところの言葉即ちアントロポロギーが生れると共に、このロゴスはひとつの獨立なる力となり、彼の經驗の先導となり、支配者となる。このとき彼の經驗する存在は凡て人間學的なる限定のもとに立つこととなる。かやうにして、高次のロゴスである歴史的社會的諸科學が自己の研究の出發點に於て與へられたる現實として見出すところのものは、つねに既に斯くの如く人間學的なる限定のもとにある存在に外ならないのである。そしてそれ故に存在がこれらの學問に向つて提起する課題は、基礎經驗と人間學との間に矛盾の存在してゐない限りに於て、それは同時にアントロポロギーがそれらに對して提出する課題を意味するであらう。したがつてまたその限りに於ては、イデオロギーが存在の問題を殘りなく解決し終るならば、それはやがてアントロポロギーがそれに課する限りの問題を解決することにもなるであらう。アントロポロギーとイデオロギーとの間にこの場合にあつては矛盾が存在しない。そこで後者が一の完了した、客觀的なる體系として組織されるとき、前者はこのものに於て充全に表現され、かくしてそれは安定を得て後者の中に埋沒し沒入してしまふ。イデオロギーの概念體系に於てそれの構造を規定するアントロポロギーが何故に直接に顯はでないかは明瞭になつた。尤も基礎經驗と人間學との間に矛盾の存在する場合、若くはイデオロギーが存在の問題を滿足に解決してゐない場合、アントロポロギーがこれらのものの間にあつてひとつの獨立なる力として、自己の存在を維持し、主張しようとするのは論ずるまでもないことであるであらう。さて、ひとたび成立したところのイデオロギーは我々の生活に徹底的に干渉するに到る。我々はそれの立場からのみ存在と交るやうにさせられ、それの解決し得る問題のみを存在に於て見るやうに強ひられる。それは固より經驗の客觀的なる表現であり、把握であるが故に、それは恰も斯く干渉することに於て、むしろ經驗を導き、教へ、それを活かし、發展させるに役立つことが出來る。然しながら經驗の發展が一定の段階に達するとき、斯く干渉することは、却てまさしくそれの根源的なる發展を拘束し、妨害することとなる。即ちイデオロギーは經驗の發展形式からそれの桎梏にまで轉化する。ロゴスと經驗との間のこの辯證法的なる關係に於て、イデオロギーの變革の運動は時としては緩慢にそして時としては急速に成就されるのである。私はこれをロゴスの第二次變革過程と呼ばうと思ふ。我々はここに素晴らしい革命を見る。數世紀に亙つて大伽藍の如く聳えてゐた概念體系が徐々に動搖を始め、昨日まで帝王の如く君臨してゐた思想體系が一朝にして權威を失墜する。人々はかの文藝復興期に於ける、かの啓蒙時代に於ける變動を想ひ起してみるが好い。然るにこのやうな目覺しい變動を觀察するにあたつて、ひとはこの過程の根抵に横はつてゐるひとつの決定的なる要素を見落してはならない。アントロポロギーは基礎經驗とイデオロギーとを媒介するのであるが、イデオロギーの變革はまたアントロポロギーの變革によつて媒介される。イデオロギーが自己の研究を出發するに際して直接與件として見出すところの現實がそもそも既に人間學的なる限定のもとにある限り、それと經驗との間の辯證法的なる運動は、アントロポロギーの運動によつて媒介されることなくしては起り得ないであらう。高次のロゴスの變革は低次のロゴスの變革によつて規定される。ロゴスの第一次變革過程が既に行はれた後、あるひは少くとも現に行はれつつある場合でないならば、ロゴスの第二次變革過程は生ずることがない。前者の運動は後者のそれに比して、見たところ顯著でないために、人々に氣附かれぬことが多いけれども、それだけそれは一層直接的であり、一層浸透的であり、一層普遍的である。イデオロギーの人目を惹くに足る變化も、若しそれがこのやうな基礎を缺いてゐるならば、眞實でなく、現實的でもなく、却てただ既成概念の整理であり、折衷であり、修正と補足であるに過ぎない。苟も根本的なる、徹底的なる、生命あるイデオロギーの變革に際しては、ひとはその背後に、たとひそれが顯はでないにせよ、必ずアントロポロギーの本質的なる變革を見逃すことが出來ぬであらう。
* W. Dilthey, Einleitung in die Geisteswissenschaften (Gesammelte Schriften, . Band), S. 21 u. 39. 參照。** Ludwig Noir, Der Ursprung der Sprache, S. 369. 人間學の位置と意義とは右の敍述によつて極めて簡單ながら明かにされた。そして私はそれによつて同時に私の當面の問題である唯物史觀の解釋に關して必要な手懸りを捉へ得たかのやうに思ふ。唯物史觀は言ふまでもなくひとつの――右に規定した概念の意味に於て――イデオロギーである。それは如何なる基礎經驗にもとづき、如何なる人間學――このものは勿論唯物史觀の概念體系そのものに於ては直接に顯はでないが、――に倚つて組織されたイデオロギーであるであらうか。斯く問ふことは、唯物史觀をひとつの固定したドグマとして單純に信奉するのでなく、それをひとつの凝結した體系として外面的に批評するのでもなく、却てそれをひとつの生ける生命として根本的に把握するためには避くべからざることであると私は信ずる。アリストテレスやマキアヴェリの政治學が彼等のアントロポロギーを除いて理解されないやうに、唯物史觀はアントロポロギーのマルクス的形態を先づ認識することなしには到底完全に理解され得ないのである。若しこのイデオロギーに對して人間學が有する重要な意味を認めないならば、マルクスの『フォイエルバッハに關するテーゼ』について「新しい世界觀の天才的なる萠芽を藏してゐる最初の文書としてこの上なく貴重なものである」、とエンゲルスが云つた言葉の意味はつひに十分に理解され得ないであらう。我々はこの貴重なる文書に於てマルクスの人間學に出會ふ。唯物史觀は一箇の獨立した、特色ある人間學の上に立つ世界觀である。それ故にこそそれは、ひとり經濟學者にとつてばかりでなく、また哲學者にとつて、そしてむしろあらゆる人間にとつて研究さるべき事柄なのである。唯物史觀は今やひとつの現實である。何人もこれと對質すべく迫られてゐる。