二
問題はかくの如き現在が存在としての歴史の秩序に屬するかどうかといふことである。存在としての歴史の秩序に於ける現在は普通に「現代」と稱せられる。それは歴史學者の所謂時代區分に於て、古代、中世、近世、そして現代と區別される場合に於ける現代である。いま我々が最も重要な概念として取り出した現在はこのやうな現代のことであらうか。歴史敍述にとつてのそれの重要性を主張した人々の多くは、この問に對して肯定的な態度をとつてゐるやうに見える。否、彼等はこの點に就いて寧ろ明確な自覺をもたず、曖昧のままにしてゐるのが普通である、と云つた方がよい。我々もこれまで「現代」と「現在」といふ二つの語を區別せずに用ゐて來た。然し今や兩者を術語的に區別することが必要である。我々のいふ現在は現代、即ち存在としての歴史の秩序に於て現在と考へられるものであることが出來ない。我々はそれを、存在としての歴史に對して、事實としての歴史と呼ばうと思ふ。かくて我々は歴史のまさに第三の概念として、事實としての歴史なる概念を得る。このものを他の二つの歴史の概念、就中存在としての歴史の概念から區別することが肝要である。マイヤーが「歴史家の現代は如何なる歴史敍述からも排除され得ない一の契機である」と云つた場合、この現代は存在としての歴史の秩序に於ける「現代」ではなく、却て「現在」のことでなければならない。クロオチェも現代性があらゆる歴史の本來の性格であり、凡ての歴史は現代の歴史であると述べてゐるが、もしここにいはれた現代にして存在としての歴史の秩序に於ける現代を意味するならば、古代の歴史、中世の歴史、等は、明かに古代の歴史、中世の歴史、等のほかのものでなく、それが凡て現代の歴史であるなどとはもちろん云はれ得ない筈である。從つて彼のいふ現代性 contemporaneit はもと現在性のことでなければならないのであつて、凡ての歴史はまさに現在によつて支へられ、現在によつて一の全體に形作られるが故に、それは同時性といふ意味での contemporaneit の性格をも得ることが出來るのである。我々は樣々な點から現代と現在との兩概念を區別し得る。先づさきに歴史が書かれ且つ書き更へられる條件として擧げたものに關して述べよう。
一、我々は歴史を繰り返すといふことが手繰り寄せるといふことであることを云つた。歴史の端緒は現在であつて、そこから過去が手繰り寄せられるのである。今から昔へのこの順序は明かに存在としての歴史の進行とは逆である。後者は古代、中世、近世、そして現代へと進む。從つてその順序に於ては現代はどこまでも後のものであり、また後のものであるのほかなく、それが歴史の端初であるなどとは考へられ得ない。歴史の端初である現在はこのやうな現代ではなく、およそ存在としての歴史とは異る秩序のものでなければならぬ。それが事實としての歴史の秩序である。二、歴史的なものの選擇は現在を基礎に有する。然るにそのときもしこの現在にして現代のことであり、現代の見地から選擇がなされるのであるとすれば、そのときには、マルクスの非難した如き、「最後の形態が過去の諸形態を自己自身への諸段階と見、それをつねに一面的に把握する」といふ誤謬、或は「一切の歴史的差異を拭ひ消し、一切の社會形態のうちに市民的社會形態を見る經濟學者」に類する誤謬に陷るといふことも免れ難いであらう。そのときこそ歴史敍述は所謂パースペクチヴィズム Perspektivismus に伴ふ種々なる危險にさらされる。さうではなくて、現在に立ちながら、しかも諸時代のそれぞれの獨自性、その間の本質的な差異が認識され得るのは、この現在が現代のことではないからである。それだからこそ歴史的認識は單に現代とそれ以前の時代との比較といふが如き外面的なものでなく、一の内面的な統一を含むことも出來るのである。三、眞の歴史的認識が成立するためにはひとつの全體が與へられねばならない。この全體を與へるものは現在である。これに反して現代は歴史的時代の一つとして、寧ろかくの如き全體の一つの部分であるに過ぎぬ。古代、中世、近世と並んで同じ秩序に於て一つの部分であるものが全體を形作る原理であると考へられることは不可能である。かかる原理は存在としての歴史とは異る秩序のものでなければならず、それが事實としての歴史である。歴史は現在の時間のパースペクチヴからしてのみ書かれる、と云はれたが、このパースペクチヴの原理たる現在は存在としての歴史の秩序に屬さないのであるから、このこともなほ十分嚴密に語られてはゐないのである。歴史は現代を理解せしめる、と一般に云はれてゐる。これは固よりその通りである。然しひとは同時に、現在は歴史を理解せしめる、といふ更に深い眞理を忘れてはならない。
かくて現代と現在といふ二つの概念が區別せられる。しかもそれらは同じ秩序に於て區別せられるものではなく、全く異つた秩序に屬するものとして區別せられるのである。それ故に現在は現代と同じ列に續きその最先端に位すると考へられる意味に於ける所謂「瞬間」であるのではない。それは一年、一時間、一分などと計量される時間の最小なるものとしての瞬間であるのではない。もしも現在が現代と同じ秩序に於て連續してゐるとすれば、現在に最も密接に關係するのは古代や中世などであり得ず、まさに現代であるのほかないであらう。然るに眞實を云へば、ひとは歴史に於て屡々現代に對して全くよそよそしく覺え、却て遙かなる過去に對して最も親密を感じることがある。かのルネサンス時代の人々は彼等に對して一層近き過去たる中世を葬つて、一層遠き過去たる古代に彼等の現在の活動を結び付けたのであつた。凡てこのやうなことは、現在が存在としての歴史の秩序のものでなく、高次の秩序のものであることによつて可能である。現在はたとひ瞬間と呼ばれるにしても、それは決して計量される時間の百年、十年などとの比較に於てかく呼ばれるのではないのである。それは一般に計量され得る時間の秩序に屬してゐない。
普通に考へられるところによれば、歴史とは過ぎ去つたもの、既に在つたところのものである。あらゆるものは歴史となる、などと云はれるとき、歴史はこのやうに過去のものと考へられてゐるのである。まことに存在としての歴史は唯過去のものとしてある。それがこの歴史概念の本質的な規定であつて、歴史といふことが存在としての歴史を意味する限り、歴史の概念と過去の概念とは離れ難く結び付いてゐる。この場合所謂現代と雖も固より例外をなし得ない。存在としての歴史の秩序に屬する限り、現代もまたひとつの過去である。それ故にひとが屡々「歴史」と「現代」とを對立させてゐるのは、不精密であると云はれなければならぬ。あらゆる過去に對立するものは唯現在のみである。現代が存在としての歴史に屬するのに對して、それと區別された現在は事實としての歴史である。後者の立場からするならば、前者に於ける現代も何等現在ではなく、なほひとつの過去であるに過ぎない。一般的に云つて、歴史とは凡て過去のことであるとせられるのは、存在としての歴史の立場に於てでなく、唯事實としての歴史の立場に立つてのことでなければならぬ。健全な常識が歴史とは凡て過去のことであるとするのは、存在としての歴史とは異る秩序の事實としての歴史のあることを率直に語るものである。かくて眞の現在たる事實としての歴史は、最も近き現代をも要するに歴史であり、過去であるとすることによつて葬る。然しこの同じ事實としての歴史は、最も遠き過去をも手繰り寄せ、全體のうちに包むことによつて活かす。死のみあつて生のなきところにも、生のみあつて死のなきところにも、共に歴史はなく、歴史とは死と生との統一である。事實としての歴史は、それが過去の歴史を活かすものである限りまさしく「歴史的なもの」であるが、それがこのものを葬るものである限り却て「非歴史的なもの」である。それは歴史的なものであると共に非歴史的なものである。「非歴史的なものと歴史的なものとは同樣に、一個人、一民族、一文化の健康にとつて必要である」(ニイチェ)。ところで事實としての歴史はまた屡々「生」と稱せられてゐる。そしてこの場合、丁度歴史と現代とが對立させられた如く、歴史と生とが對立させられる。かやうに考へることが理由のあることであるとしても、我々はなほ注意することを忘れてはならない。眞の生は死と生との統一である。生は歴史を生あらしめるものであると同時に、歴史を葬るものも生である。また生といはれるものは本來二重のもの、即ち一方存在としての生、他方事實としての生である。前者は傳記に敍述されるやうな「生涯」である。從つて歴史に對立させられた生は存在としての生ではなく、事實としての生でなければならぬ。むろんこのやうに對立するからといつて、事實としての生が歴史でないのではない。それは事實としての歴史であるのである。
さて一般的に次の如く云はれることが出來る、――事實は存在に先立つ。これは一の最も原理的な命題である。もし事實にして存在に先立つならば、事實こそまさしく形而上學的なものである。もと形而上學 Metaphysik といふ語はギリシア語の τ μετ τ φυσικ に由來する。この不思議な名稱は、その μετ(後に)が trans(越えて)の意味に解釋されることにより、物理的なもの或は自然を越えるものを現はす。形而上學的なものはかかるものとして本質存在もしくはイデーであつたり、意識の領域であつたりするのであらうか。自然の存在、或はまた歴史の存在、一般に存在を越えるものを何等かの存在と考へるとき、我々は舊き形而上學に陷らなければならない。形而上學的なものは寧ろあらゆる存在を越えるものといふ意味で事實でなければならぬ。かかる事實としての歴史は、存在としての歴史を越えるものとして原始歴史 Ur-Geschichte(オーヴァベック)と呼ばれてもよいであらう。事實が形而上學的なものと考へられるにしても、それはこのものが不易不動であるといふことを意味するのではない。それは絶えず運動し、發展する。舊き形而上學が存在をもつて變化的な現象となし、これを越えるものを常住不變なものと見做したのとは反對に、事實こそ眞に動的なものであり、これに對して存在は寧ろ一面に於て事實の否定として固定的なものと云はれよう。存在の運動と發展とは根源的には事實の運動と發展とにもとづくと見らるべきであらう。
存在の概念はいつでも領域の概念と結び付いてゐる。あらゆる存在は領域的と考へられる。從つて一切の存在論はその性質上領域的存在論である。このやうにしてまた普通に歴史と自然とが區別されるのは、存在の秩序に於て領域の區別としてでなければならぬ。或は自然と精神(ディルタイ等)、或は自然と文化(リッカート等)、などと區別される場合も同樣である。歴史と自然とは、存在として、たしかに、それぞれひとつの領域を形作るものと見られる。これに反して事實といふものは何等領域的なものではないのである。ここに存在と事實とのひとつの最も重要な相違が横たはつてゐるであらう。それは何等領域的なものでない故に、かかる歴史は、それが領域の意味に於ける自然でないと同じやうに、領域としての自然に對する領域としての歴史の意味に於ける歴史でもない。事實としての歴史は自然から區別された歴史でない。この意味に於てはそれは寧ろ自然と歴史との統一であると云はるべきである。それは高次の自然であつて高次の歴史である。事實としての歴史は、單なる歴史でもなく、單なる自然でもなく、却てもともと事實の歴史性のことである。原始的意味に於ける歴史的なものと自然的なものとの統一が單なる統一でなく、實に辯證法的統一であるところに、事實の歴史性があるのである。