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二十六夜
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二十六夜
宮沢賢治
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Translation Pagera AI
Original Public Domain
Chapter 4 of 4

4

梟の坊さんは一寸声を切りました。今夜ももう一時の上りの汽車の音が聞えて来ました。その音を聞くと梟どもは泣きながらも、汽車の赤い明るいならんだ窓のことを考えるのでした。講釈がまた始まりました。

「心暫らくも安らかなることなしと、どうじゃ、みなの衆、ただの一時でも、ゆっくりと何の心配もなく落ち着いたことがあるかの。もういつでもいつでもびくびくものじゃ。一度梟身を尽して又新に梟身を得と斯うじゃ。泣いて悔やんで悲しんで、ついには年老る、病気になる、あらんかぎりの難儀をして、それで死んだら、もうこの様な悪鳥の身を離れるかとならば、仲々そうは参らぬぞや。身に染み込んだ罪業から、又梟に生れるじゃ。斯の如くにして百生、二百生、乃至劫をも亘るまで、この梟身を免れぬのじゃ。審に諸の患難を蒙りて又尽くることなし。もう何もかも辛いことばかりじゃ。さて今東の空は黄金色になられた。もう月天子がお出ましなのじゃ。来月二十六夜ならば、このお光に疾翔大力さまを拝み申すじゃなれど、今宵とて又拝み申さぬことでない、みなの衆、ようくまごころを以て仰ぎ奉るじゃ。」

二十六夜の金いろの鎌の形のお月さまが、しずかにお登りになりました。そこらはぼおっと明るくなり、下では虫が俄かにしいんしいんと鳴き出しました。

遠くの瀬の音もはっきり聞えて参りました。

お月さまは今はすうっと桔梗いろの空におのぼりになりました。それは不思議な黄金の船のように見えました。

俄かにみんなは息がつまるように思いました。それはそのお月さまの船の尖った右のへさきから、まるで花火のように美しい紫いろのけむりのようなものが、ばりばりばりと噴き出たからです。けむりは見る間にたなびいて、お月さまの下すっかり山の上に目もさめるような紫の雲をつくりました。その雲の上に、金いろの立派な人が三人まっすぐに立っています。まん中の人はせいも高く、大きな眼でじっとこっちを見ています。衣のひだまで一一はっきりわかります。お星さまをちりばめたような立派な瓔珞をかけていました。お月さまが丁度その方の頭のまわりに輪になりました。

右と左に少し丈の低い立派な人が合掌して立っていました。その円光はぼんやり黄金いろにかすみうしろにある青い星も見えました。雲がだんだんこっちへ近づくようです。

「南無疾翔大力、南無疾翔大力。」

みんなは高く叫びました。その声は林をとどろかしました。雲がいよいよ近くなり、捨身菩薩のおからだは、十丈ばかりに見えそのかがやく左手がこっちへ招くように伸びたと思うと、俄に何とも云えないいいかおりがそこらいちめんにして、もうその紫の雲も疾翔大力の姿も見えませんでした。ただその澄み切った桔梗いろの空にさっきの黄金いろの二十六夜のお月さまが、しずかにかかっているばかりでした。

「おや、穂吉さん、息つかなくなったよ。」俄に穂吉の兄弟が高く叫びました。

ほんとうに穂吉はもう冷たくなって少し口をあき、かすかにわらったまま、息がなくなっていました。そして汽車の音がまた聞えて来ました。

●図書カード

Chapter 4 of 4
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