Chapter 1 of 1

Chapter 1

畑のへり

宮沢賢治

麻が刈られましたので、畑のへりに一列に植ゑられてゐたたうもろこしは、大へん立派に目立ってきました。

小さな虻だのべっ甲いろのすきとほった羽虫だのみんなかはるがはる来て挨拶して行くのでした。

たうもろこしには、もう頂上にひらひらした穂が立ち、大きな縮れた葉のつけねには尖った青いさやができてゐました。

そして風にざわざわ鳴りました。

一疋の蛙が刈った畑の向ふまで跳んで来て、いきなり、このたうもろこしの列を見て、びっくりして云ひました。

「おや、へんな動物が立ってゐるぞ。からだは瘠せてひょろひょろだが、ちゃんと列を組んでゐる。ことによるとこれはカマジン国の兵隊だぞ。どれ、よく見てやらう。」

そこで蛙は上等の遠めがねを出して眼にあてました。そして大きくなったたうもろこしのかたちをちらっと見るや蛙はぎゃあと叫んで遠めがねも何もはふり出して一目散に遁げだしました。

蛙がちゃうど五百ばかりはねたときもう一ぴきの蛙がびっくりしてこっちを見てゐるのに会ひました。

「おゝい、どうしたい。いったい誰ににらまれたんだ。」

「どうしてどうして、全くもう大変だ。カマジン国の兵隊がたうとうやって来た。みんな二ひきか三びきぐらゐ幽霊をわきにかかへてる。その幽霊は歯が七十枚あるぞ。あの幽霊にかじられたら、もうとてもたまらんぜ。かあいさうに、麻はもうみんな食はれてしまった。みんなまっすぐな、いい若い者だったのになあ。ばりばり骨まで噛じられたとは本当に人ごととも思はれんなあ。」

「何かい、兵隊が幽霊をつれて来たのかい、そんなにこはい幽霊かい。」

「どうしてどうしてまあ見るがいゝ。どの幽霊も青白い髪の毛がばしゃばしゃで歯が七十枚おまけに足から頭の方へ青いマントを六枚も着てゐる」

「いまどこにゐるんだ。」

「おまへのめがねで見るがいゝあすこだよ。麻ばたけの向ふ側さ。おれは眼鏡も何もすてて来たよ。」

あたらしい蛙は遠めがねを出して見ました。

「何だあれは幽霊でも何でもないぜ。あれはたうもろこしといふやつだ。おれは去年から知ってるよ。そんなに人が悪くない。わきに居るのは幽霊でない。みんな立派な娘さんだよ。娘さんたちはみんな緑色のマントを着てるよ。」

「緑色のマントは着てゐるさ。しかしあんなマントの着様が一体あるもんかな。足から頭の方へ逆に着てゐるんだ。それにマントを六枚も重ねて着るなんて、聞いた事も見た事もない贅沢だ。おごりの頂上だ。」

「ははあ、しかし世の中はさまざまだぜ。たとへば兎なんと云ふものは耳が天までとゞいてゐる。そのさきは細くなって見えないくらゐだ。豚なんといふものは鼻がらっぱになってゐる。口の中にはとんぼのやうなすきとほった羽が十枚あるよ。また人といふものを知ってゐるかね。人といふものは頭の上の方に十六本の手がついてゐる。そんなこともあるんだ。それにたうもろこしの娘さんたちの長いつやつやした髪の毛は評判なもんだ。」

「よして呉れよ。七十枚の白い歯からつやつやした長い髪の毛がすぐ生えてゐるなんて考へても胸が悪くなる。」

「そんなことはない。まあもっとそばまで行って見よう。おや。誰か行ったぞ。おいおい。あれがたったいま云ったひとだ。ひとだ。あいつはほんたうにこはいもんだ。何をするかこゝへかくれて見てゐよう。そら、ちょっと遠めがねを貸すから。」

「あゝ、よく見える。何だ手が十六本あるって。おれには五本ばかりしか見えないよ。あっ。あの幽霊をつかまへてるよ。」

「どれ貸してごらん、ああ、とってるとってる。みんながりがりとってるねえ。たうもろこしは恐がってみんな葉をざあざあうごかしてゐるよ。娘さんたちは髪の毛をふって泣いてゐる。ぼくならちゃんと十六本の手が見えるねえ。」

「どら、貸した。なるほど十六本かねえ、四本は大へん小さいなあ。あゝあとからまた一人来た。あれは女の子だらうねえ。」

「どう、ちょっと、さうだよ。あれは女の子だよ。ほういまねえあの女の子がたうもろこしの娘さんの髪毛をむしってねえ、口へ入れてそらへ吹いたよ。するとそれがぱっと青白い火になって燃えあがったよ。」

「こっちへ来るとこはいなあ、」

「来ないよ。あゝ、もう行ってしまったよ。何か叫んでゐるやうだねえ。」

「歌ってるんだ。けれどもぼくたちよりはへただねえ。」

「へただ、ぼく少しうたってきかしてやらうかな。ぼくうたったらきっとびっくりしてこっちを向くねえ。」

「うたってごらん。こっちへ来たらその葉のかげにかくれよう。」

「いゝかい、うたふよ。ぎゅっくぎゅっく。」

「向かないよ。も少し高くうたってごらん。」

「どうもつかれて声が出ないよ。ぎゅっく。もうよさう。」

「よすかねえ。行ってしまった残念だなあ。」

「ぽくは遠めがねをとってくる。ぢゃさよなら。」

「さよなら。」

二ひきの蛙は別れました。

たうもろこしはさやをなくして大変さびしくなりましたがやっぱり穂をひらひら空にうごかしてゐました。

Chapter 1 of 1